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【鍋】玄葉主催の闇鍋パーティ
「お兄、お兄。そろそろ煮えそうだよ」 「うん・・・」 今日のディナーは、玄葉が言い出した事により鍋です。それも、普通の鍋ではなく闇鍋なのでした。そして、調理担当は玄葉。死の予感しかしません。 事の起こりは、玄葉が突然真面目な顔で私に相談を持ち掛けてきた事でした。 「お兄、この間私が作ったカレーの事憶えてる?」 「もちろん憶えてるよ。幽魅がさんざん酷評したあれだよね」 見た目はとても良かったのに、食べたら痙攣と吐き気が止まらず、涙と涎を垂れ流しにしていた事からも、どれだけマズい出来栄えだったのかが分かります。 「うん。あのカレーは味は大失敗だったのよ。見た目は良かったんだけどね。そこで私は考えたの。最初からマズい料理を作ったらどうなるんだろうって」 「最初からマズい料理!?」 ええ・・・何だろう?日本じゃまず見かけないような異国の郷土料理とかかな? 「闇鍋。あれって変な具材を持ち寄ってやるでしょ。私が作った料理にはマイナスが掛け算されると仮定すると、最初からマイナスの闇鍋にマイナスを掛け算すればプラスになるんじゃないかという推理が成り立つわ」 「ポンコツ推理じゃん!」 ふざけてるのかとも思いましたが、顔が真剣そのものです。本当にやる気だな。 「という訳で、私も買い物に行ってくるから、お兄も変な食材を用意してきて」 「変な食材・・・」 普通のお店にそんな変な食材なんてある気がしないのですが、とりあえず最寄りのスーパーに向かいました。玄葉はこことは別のところに調達に行ったようです。さて、私は何を買って行けばいいのか・・・とりあえず、普通の鍋用の食材も買っておこう。カゴに次々と野菜を放り込んでいると、後ろから聞き覚えのある声がしました。 「やぁやぁ、早渚君。今日は鍋をすると見えるねェ?」 「その声は江楠さん。こんにちは」 振り返ると、不敵な笑みを浮かべた江楠さんが立っていました。この人、スーパー似合わないな・・・。しかし、私のカゴの中を見ただけで鍋だと判断してくるあたり、勘の鋭さは流石の一言です。 「なぁ、ものは相談なんだがねェ。その鍋、私も一緒に囲んでいいかい?」 「え?江楠さんが家に鍋を食べに来るんですか?」 「ああ。ちょっと今、肉団子を余らせていてねェ。一人じゃ持て余す量なんだ。その調理に併用する野菜を買い集めに来たんだが、そしたら君が目に入った。鍋をするんであれば、私が肉を持っていけばwin-winじゃあないかい?君は買い物が安く済み、私は肉を消費できる」 悪くない提案です。私は了承しました。 「一応、闇鍋って事らしいので、変な食材も持ってきてもらえますか?」 「それなら問題ない。その肉自体が珍しいものだからねェ」 「あと、玄葉が作るので命の保証はありません」 「ふぅん、刺激的でいいねェ。楽しみにしてるよ」 私は江楠さんと約束をしてスーパーから帰ってきました。すると、玄葉は先に帰っていて食材を冷蔵庫にしまっています。なんか見た事ないキノコが多いな・・・これ毒とか大丈夫なのかな? 「あ、そのキノコはねぇ。私が持ってきました!」 不意に幽魅が現れました。この感じだと、玄葉から変な食材の収拾に協力させられたんだな。 「毒は無い奴だよ。全部ちょっとずつ味見して、これヤバイってなった毒キノコは捨てといたから!」 力強いサムズアップです。不死身の幽霊だからこその荒業だな。 「お兄、おかえり。何買ってきた?」 「パクチーみたいな匂いの強い野菜も含む野菜系。江楠さんと会ってね、後で珍しい肉持っていくから鍋一緒に食べたいって」 「・・・江楠さんがもし死んだら、この国傾くんじゃない?」 「一応リスクは説明したよ」 そして夜になって江楠さんが訪ねてきて、集まった食材を鍋に投入。玄葉が一生懸命煮込んでいるという訳でした。 「完成しました。エチケット袋もありますから、私の料理が口に合わなかったら吐いて下さい」 玄葉が鍋を食卓に運び、めいめい器に中身をよそいます。いざ実食です。果たして、実験の結果は如何に。 「あ、おいしい!」 幽魅が声を上げ、もぐもぐ中身を食べています。私もそれを見て中身を口に運びますが、確かに普通の料理になっています。 「ほう、いいじゃないか。肉のクセの強さも感じられないねェ」 江楠さんにも好評のようです。・・・肉のクセかあ。かなり歯ごたえのある肉ですが、何の肉なんだろう。 「江楠さん、この肉団子って何の肉なんですか?」 私が尋ねると、江楠さんは意味深に笑います。 「それは秘密にしておこう。あー、そうそう。話は変わるんだがねェ、この間私の事務所に爆弾を届けた奴がいただろう?身元が分かったよ」 そう言われれば、そんな事もありました。幽魅が爆弾を見つけてくれたあれですね。犯人分かったのか。 「ただ、警察が住居に踏み込んだ時には、そいつは“失踪”していてねェ。どこに行ったんだろうねェ?」 そこで江楠さんは、ちらりと肉団子に目を落としました。私の全身から、どっと冷や汗が出ます。まさか・・・この肉って・・・。 「お・・・お兄・・・」 「け、警察・・・警察を呼ばなきゃ・・・」 うろたえる私たちでしたが、幽魅が肉団子を頬張ると、首を傾げました。 「凪くん、これトドさんのお肉だよ?食べた事あるから分かったー」 「トド!?」 マニアックすぎないか!?幽魅すごいな!そして何で江楠さんもそんなもの余らせてるんだ! 「ん、何だいトド肉だと分かったのか。つまらんねェ」 「あ、いや幽魅が食べた事あるって言ってまして。ていうか、江楠さんわざと人肉だと勘違いさせるような素振りしたでしょう。さすがに悪趣味ですよ」 「クックック、すまんすまん。人肉の方はもうサメ・・・あ、いや、さ、冷めちゃってるかもしれないねェ」 「もうその手の冗談には乗りませんよ」 ・・・冗談だよね? そんな感じで談笑しながら鍋を平らげ、江楠さんが去って行くと、玄葉は満足そうな顔で洗い物を始めました。 「玄葉、良かったね。おいしい料理が作れて」 「うん、初めてまともにできた!」 理屈は分かりませんが、玄葉にもできる料理があったのは喜ばしい事です。・・・いや本当、何でなんだろう。マイナスの掛け算っていうのが当たっていたとでも言うのでしょうか。