【桜並木】瑞葵ちゃんと夜のお花見

「凪さん、こっちですよ！」 瑞葵ちゃんが嬉しそうに右手を出して出迎えてくれます。今夜は瑞葵ちゃんから「二人で夜桜を見ませんか」とお誘いをもらっていて、夕食の後に公園に集合したのです。一応、瑞葵ちゃんが何か企んでないかをこっそり向日葵ちゃんに確認して見ましたが、特に裏はないはずとの事。向日葵ちゃんは自分の友達とお花見があるそうで、私たちの様子を伺えない状況にあり、本当に今日は二人きりです。 「瑞葵ちゃん、随分とテンションが高いみたいだけど、気を付けないといけないよ。他にもお花見に来てる人がいるし、酔って騒いでいる人もいるから。瑞葵ちゃんは可愛いからナンパされちゃうかも」 瑞葵ちゃんは見た目が良いので、酔った男性に言い寄られる可能性も十分にあると思うのです。瑞葵ちゃんは腕力強いけど、流石に酔っぱらって力加減のおかしい男相手では安心できません。ところが、瑞葵ちゃんは自信ありげな笑顔を浮かべます。 「大丈夫ですよ、言い寄られないための秘密兵器があります。じゃん、これです」 そう言うと瑞葵ちゃんは私に左手を見せました。その親指と薬指には、指輪がはまっています。瑞葵ちゃんはその二つの指輪の内、親指の指輪を外して私に手渡しました。 「凪さん、それ左手の薬指につけて下さい。サイズは合ってるはずです」 瑞葵ちゃんが渡してくれた指輪を言われた通りにはめると、確かに恐ろしいくらいぴったりです。でも、これってまさか。 「瑞葵ちゃん、これって私と夫婦に見せかけるため？」 「はい、いい案だと思いませんか？ほら、写真だってありますよ」 瑞葵ちゃんはスマホを見せてきます。そこにはウエディングドレスに身を包み、幸せそうに笑う瑞葵ちゃんの姿が。一瞬彼女が他の男のものになったような錯覚を覚えて胸が苦しくなりましたが、細部をよく見ると良くできた合成写真でした。とはいえ、素人目には分からないでしょう。 「・・・瑞葵ちゃん、結婚式する時には私もちゃんと呼んでね。綺麗に撮ってあげるから」 「えっ、呼ぶも何も今のまま行くと、一番新郎になる可能性が高いのは凪さんですけど」 よし、言質取れたぞ。他の男の影はとりあえず無さそうだな。よしよし。 「まあ、じゃあこのお花見の間だけは夫婦って事だね」 「ふふ、はい。では行きましょうか、あなた♡」 その後、瑞葵ちゃんと二人でレジャーシートに座って夜桜を眺めつつお酒を飲み、とりとめもない話に花を咲かせました。近くを通る男性は、瑞葵ちゃんの方をちらっと見た後、その左手薬指の指輪を目にしては視線を戻して歩き去って行きます。 「・・・じゃあ結局、お父さんは向日葵ちゃんのお見舞いには来れなかったんだ」 「はい。帰国してきた時に丁度おねーちゃんの退院が重なって、病院では会えませんでしたね。お父さんは金剛院さんのお屋敷まで来てくれて、金剛院さんに丁寧に頭を下げて私がお世話になったお礼をして、自宅で私たちの顔を見て一安心した後、すぐまた飛行機に乗って行っちゃいました」 忙しい人だな。エリートサラリーマンも大変だ。私としては助かるけど。 「もしお父さんがこの状況見たら、私斬られるよね」 「私が守りますから大丈夫ですよ」 それ、瑞葵ちゃんが私を守る必要がある事態になるって事じゃん。こわ。 「でもその内ご挨拶しなきゃいけないんだろうかなぁ・・・」 「お前に娘はやれないとか言い出しそうですからね。もし凪さんがお父さんに挨拶するなら、強引に別れさせられないように既成事実作った後がいいと思います」 すごい大胆な事言い出したぞこの子。私が言ったご挨拶って、結婚の挨拶じゃなくて普通に『娘さんと仲良くさせてもらってます』レベルの挨拶想定だったんだけど。瑞葵ちゃん、既に結構酔ってるんじゃないかな。 「瑞葵ちゃん、大丈夫？水飲む？」 「大丈夫ですよ。あと少しで持ってきたお酒無くなりますし」 そう言って瑞葵ちゃんは残ったお酒を一思いに飲みほしてしまいました。しかしその後案の定、瞼が重くなってきたようで視線が定まりません。舟をこぎ始め、最終的にはレジャーシートの上で寝息を立て始めてしまいました。 「あー、寝ちゃったか。どうしようかな。向日葵ちゃんも友達と水入らずだろうし、まさか持ち帰るわけにはいかないしな」 瑞葵ちゃんをお持ち帰りしたら、玄葉や幽魅に何て言われるか分かったもんじゃない。仕方ないので、私は瑞葵ちゃんを背負ってお花見の道具を片付け、鈴白家へ向かいました。合鍵で玄関を開けて、瑞葵ちゃんの部屋に入ると彼女をベッドに下ろし、お花見道具は瑞葵ちゃんの部屋に置いて鈴白家を後にします。指輪もちゃんと忘れずに返しておきました。 『早渚さん理性すごいですね。瑞葵が言ってましたよ。指輪を渡して花嫁写真見せて意識させた上でお酒も入れて、とどめに目の前で無防備に眠ってみせたのに手を出されなかったって。そこまで瑞葵の事を大事にしてくれる人って結構少ないと思うので、私としては二人の事は応援してます。これからも瑞葵と仲良くしてあげて下さいね』 向日葵ちゃんからそんなメールが届いたのは翌日の事でした。瑞葵ちゃん、あの振る舞い計算ずくだったんかい。油断も隙も無い子だ。寝てる瑞葵ちゃんに悪戯するのを我慢できてなかったらどうなってたやら。