【空】もう一人の私

私は不思議な場所を歩いていた。青空の広がる、何の音もなく、静かなだけの世界。足元の風景は、花畑を歩いていたと思えば海の浅瀬になっていたりと安定しない。 「ここはどこなんだろう・・・？」 現実かどうかさえも定かじゃない。いや、きっと現実ではないのだろう。さっきは空の上を歩いた気もするし。でも、私の足は止まらず、自分の意志とは関係なく前に進み続けた。 「来ましたね、鈴白向日葵」 不意に誰かの声がして、私は目の前に一人の少女が立っている事に気付いた。どこか私に似ている顔立ち。歳の頃は私よりやや若そうで、魔女の帽子とマントを身に着けて腕を組み、こちらを見ている。左右で色の違う瞳は神秘的に輝き、そのバストは豊満であった。 「あなたは・・・？」 「私はヒマリ＝インコーダ。分かりやすい言い方をするなら、向日葵の『来世』の姿です」 この子が私の来世・・・つまり、今まで生きてきた私は死んでしまったのだろうか。そう言われれば、この不思議な光景もあの世の風景と思えなくもない。 「あ」 そう言えば、そもそも私は服屋で試着をしていたはず。凄い音がして、更衣室がぐらっと倒れたような・・・地震災害か何かだったのかも知れない。だとしたら、瑞葵は無事だったのだろうか。 「瑞葵・・・瑞葵は・・・？」 周囲にはヒマリと名乗った少女以外、誰の姿も無い。きょろきょろしている私に、ヒマリは微笑みかける。 「大丈夫です、あなたの妹は怪我一つありませんよ。そして、向日葵もここで死ぬ運命ではないんです」 「どういう・・・事？」 「私は前世の記憶を持ったまま生まれてきました。つまり、私の中には『鈴白向日葵』として生きた人生の記憶があります。20歳の時、爆弾テロに巻き込まれはしましたがその後目を覚まして天寿を全うしましたからね。・・・まあ、ミリシラ先生によれば『並行世界』なんてものもあるらしいので、必ずあなたが私の記憶通りの人生を送るとは限らないわけですが」 「はあ」 言っている事はよく分からないけど、とにかく私は死んだわけではないって事なのだろうか。じゃあ、どうしてこの子は私にわざわざ会いに来たんだろう。 「ヒマリ・・・あなたの目的は何？」 「さぁ、多分向日葵が死ぬと面倒な事になるんじゃないですか？ここにいる私は、本物のヒマリじゃないんですよ。神様的存在が向日葵を現世に戻すために投影したイメージのような、作り物なんですよね。私の仕事は『鈴白向日葵を死なせるな』だとしか聞いてないんで、目的は知りません」 「死なせるな・・・ね。でも、どうやったら現世に戻れるかも分からないんだけど・・・」 「大体の場合は、『既に亡くなっているご先祖に追い返される』『残してきた遺族に呼び戻される』とかありますけど、向日葵の場合は仮死状態でもなくただの植物状態なので、多分自力で戻れると思います。強い未練とかで」 「未練って・・・そんなの、特には。瑞葵やお父さんの事は心配だけど」 私がそう言うと、ヒマリは少し複雑そうな顔をした。 「これあんまり言いたくなかったんですけどね。・・・今死んだら、葬儀に来た人全員にバレますよ。・・・『貧乳』が」 その単語を聞いた瞬間、かっと全身が熱くなり、心臓が激しく脈動する感覚があった。それは死ねない。絶対に死ねない。 「絶対やだ！何が何でも巨乳になってからじゃないと死んでも死にきれない！」 「・・・もう大丈夫そうですね。じゃあ、さようなら。次に向日葵が私の顔を見るのは、それこそ『来世』でですね」 周囲の風景が砕け散り、私の体は無限の奈落に落ちて行った。瞬間的に覚えた死の恐怖から、私は気を失った。 目を覚ますと、白い天井が目に入る。柔らかな感触に包まれている。・・・ここはベッドだ。 「おねーちゃん・・・！」 傍らには、私を見下ろす妹の顔。ヒマリが言った通り、怪我一つないみたいだ。 「瑞葵」 「おねーちゃん！良かった、もう起きないかと思ったんだから！おねーちゃん一週間も意識が戻らなかったんだから！」 瑞葵が涙ながらに私の左手を力いっぱい握る。めきめきと音がして、関節が砕けるかと思った。後で覚えてろ。 「瑞葵・・・手、痛いんだけど」 「あ」 そっと手が離される。この痛み。私はちゃんと生き返ったみたいだ。知らず、頬が緩む。 「・・・おねーちゃん、なんで笑ってるの？」 「ああ・・・いや、夢で来世の私と会ってね。来世の私はちゃんとおっぱいバインバインだったよ」 まだ意識がはっきりしてないのか、ちょっと妙なやりとり。けど、瑞葵はふふっと笑った。 「何それ。おねーちゃんの馬鹿」