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【パステルカラー】淡色のドレス
「早渚さん、お待ちしておりましたわ」 「今日はお招きありがとうございます、晶さん。何でもドレスの色について私の意見を聞きたいという事でしたが」 「ええ、こちらへ」 晶さんに呼ばれて金剛院邸を訪れた私は、屋敷の奥にあるウォークインクローゼットの隣室に通されました。今日の晶さんは、いつもの赤いドレスではなく春らしいライトグリーンのカラーリングのものを着用しています。 「何着かございますので、全て見ていただきたいのです。全て淡い色合いのものになってはおりますが」 「なるほど・・・しかし、どうしてまた。いつもの赤いドレスはとても晶さんらしくお似合いだと思うのですが」 「そう、それですわ」 晶さんは私に説明を始めます。 「この間、色が持つ心理的効果についてのちょっとしたコラムを読みましたの。そうしたら、赤い色は『支配的』とか『威圧的』という印象を与えてしまうと知りまして。わたくしとしては、そんなに傲慢に振舞っているつもりはないのですが、色の持つ印象次第で他人から苦手意識を持たれるかも知れないと考えましたの。そこで、場合によっては淡い色合いのドレスを用いれば印象を柔らかくできるのではないかと用意させたのですわ。ただ、自分ではよく効果が分かりませんでしたので。早渚さんの持つ審美眼を頼らせていただきたいと思い、お呼び立てした次第ですわ」 「ああ・・・まあ、晶さんの場合は金剛院グループ後継者という肩書も相まって、上の世界の人って感じを与えてしまうかもしれませんね」 実際に話してみるとかなり気さくな人なんですが、初見では分からないでしょうし。・・・私の場合は下手すると結婚させられる可能性があって金剛院凪にされてしまう恐れがあり、別の意味で距離には気を付けておかないといけない相手になってしまってますが。 「そういう訳で、まずはこのライトグリーンではいかがかしら」 「そうですね・・・春らしい緑は優しい印象を与えますね。屋外だとより爽やかで軽やかな雰囲気になりそうです。気を付けるとすれば、お相手さんが色覚に障害を持っている場合でしょうか。赤と緑がどちらも灰色に見えるような方にとっては、変わらないかもしれませんね」 「ああ・・・なるほどですわ」 その後も、ライトブルーやライトパープル、ライトピンクなど見せてもらいましたが、やはり私としては普段の赤が好きだなと改めて感じました。晶さんの性格とも赤は相性がいいのではないかな。 「晶さん、淡色系統の中だととりあえずのおすすめはブルー系ですね。赤とは対比になっていながらも存在感をしっかりアピールできそうなので、社交界などには向いています」 「ありがとうございます。では、また着替えてまいりますので少しお待ちを」 晶さんは再びウォークインクローゼットに姿を消しました。しかし今度は、中々戻って来ません。さっきまでの着替え時間の倍くらいはかかっているような。 「晶さん、どうかしましたか?」 扉に向かって声を掛けて見ますが、反応がありません。仕方ない、中に入ってみるか。もし倒れていたりしたら事だし。 「晶さん、入りますよ~・・・」 扉を開けて、たくさんの服がかけられた室内を歩いていきます。さすがお屋敷のサイズがサイズなだけあって広いなぁ。 「あら、早渚さん?」 「あ、晶さん。って、あっ!」 角を曲がると、真っ赤な下着姿の晶さんと出くわしました。上に一枚羽織っているだけで、あとは赤いランジェリーしか身に着けていないセクシーなお姿。 「す、すみません。中々戻って来られなかったので声をおかけしたのですが返事が無かったもので」 「ああ、申し訳ありません。見ての通りの広さですので、奥にいると少々呼んだくらいでは聞こえないのです」 ・・・晶さん、あんまり気にした様子じゃないな。まあ、普段から比較的肌は出してる人だし、よく考えたら一緒にお風呂入った事もあるから今更これくらいで動揺しないのかも。 「次のドレスが最後の一着だったのですが、一部縫製の甘いところが見つかりまして。今、桜一文字が直しているところなのです」 晶さんはそう言って、もう一つ奥にあった扉を指さしました。そうか、この部屋出入り口が二つあるのか。そっちから花梨さんにドレスを渡していたから中々戻って来なかったのですね。私が納得していると晶さんは少し悪戯っぽく笑って、私に胸を見せつけるように腕で軽く持ち上げました。 「ふふ、ところで早渚さん。折角ですからわたくしの下着についても評価いただけませんか?」 「えっ・・・ああ、はい。そ、そうですね、今見るとやはり赤は似合いますね。私は晶さんが身に着けるなら赤が一番似合うと思いますよ。ちょっとイメージを変えてみてはいかがでしょうかね。『支配的・威圧的』じゃなくて『威厳や自信がある』という風に捉えるとか。晶さんは強気に自信満々に笑っているのが一番素敵だと思うので、その振る舞いに赤色はぴったりくるんだと感じています」 「!」 私の言葉に晶さんは何かつかんだのか、ふっと空気が変わりました。しかしその時です。 「お嬢様、修繕終わりましたよ~」 がちゃりとドアが開く音がして、足音が近づいてきます。花梨さんだ。私ははっとなって今の状況を客観的に整理します。下着姿のお嬢様を眺めて評論するカメラマン。まずい。 「早渚さん、こちらへ!」 晶さんが小声で私に声を掛け、花梨さんと反対方向に移動します。私も足音を立てないようにして後に続きました。部屋の角にある目立たないスペースに辿り着くと、服をかき分けて開いた隙間に私を押し込んでから、晶さんも身を滑りこませてきます。 「少々狭くて申し訳ありませんが、ここでやりすごしましょう」 「は、はい」 正直かなり狭くて、たびたび晶さんの体が私の体と擦り合わされてしまっています。流石に晶さんも恥ずかしいのか、顔が真っ赤です。 「あれ~?お嬢様~?」 晶さんを捜して花梨さんが室内を歩き回っている気配がします。見つかったら死罪かも知れない。見つかりませんように。 「いないですね~・・・お花摘みにでも行かれてしまったのでしょうか~?」 花梨さんの声が徐々に遠のいていきます。助かった。 「で、お二人はここで何してるんですかねぇ?」 遠くから聞こえていたはずの声が、すぐ横からしました。恐る恐る晶さんとそちらを見ると、鬼のような形相の花梨さんがそこに。なぜ。声はあっちからしていたのに。 「な、桜一文字・・・!?声は遠くなっていたはずですわ!」 「私くらいになると室内の音響反射利用して声の出所を錯覚させるくらい楽勝なんですよ。部屋に入った瞬間からお二人の気配は捕捉してましたんで、こっちに隠れに来たのもバレバレでした」 怖すぎる。この人やっぱり常人の範囲に収まらない。 「で、お嬢様はなぁにを早渚さんを誘惑してるんですかねぇ?」 「ご、誤解ですわ桜一文字!わたくしはただ早渚さんをあなたから守ろうと」 「だったらお嬢様本人はそこに滑り込まなくていいでしょ。最初から一人で私の前に来れば、その隙に早渚さんは反対から逃げられたんですから」 言われてみればそうだ。 「さぁ、お説教の時間ですよ」 その後の事については思い出したくもありません。