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【目玉焼き】エッグ オン ヘッド
「それどうしたの、玄葉・・・」 朝起きてダイニングに向かった私が目にしたものは、頭に目玉焼きを乗せた姿の玄葉でした。目の前の光景がちょっと受け入れられません。何したらそうなるんだ・・・? 「お兄みたいなクロックマダムを作ろうと思ったの。それで目玉焼きを焼いてて、両面焼きにしたいと思ったから、フライパンを振った。そしたらフライパンから卵が飛び出して頭に着地したってわけ」 説明を聞いても脳みそが理解を拒んできます。そんな漫画みたいな事が起こりうるのか。私の沈黙を怒りだと判断したのか、玄葉がちょっとあせあせした様子で言葉を続けます。 「もちろん、この目玉焼きはちゃんと食べるから。お、お兄の分はこっち、まだひっくり返してないやつね。片面焼きで良ければこのまま食べられるよ」 フライパンの中には、普通に上手に焼けている片面焼きの目玉焼きが残っています。しゅうしゅうとおいしそうな音を立てて・・・いや、待った。じゃあ玄葉の頭の上の目玉焼きも熱々なのでは!? 「玄葉、火傷してない!?」 そう叫んだ瞬間、私はベッドの中にいました。玄葉に向かって伸ばしたはずの手は、上に伸びていて、その先には天井があるだけ。夢だったようです。 「・・・夢か。いや夢にしてもおかしいでしょ。なんで目玉焼きが頭の上に乗るような夢見るんだよ・・・ちょっとこう、夢占いの本でも読んで調べた方がいいのかな?」 ベッドを起き出して、私服に着替えてダイニングに向かいます。そこでは幽魅が目玉焼きを焼いていて、玄葉はテーブルについていました。もしかして、この音が夢の原因? 「へい凪くんおはよー。今日は遅かったね?」 「お兄、おはよう」 「おはよう二人とも。何で幽魅が朝ご飯作ってるの?」 二人に挨拶をして、幽魅の行動の理由を聞いてみます。 「ちょっとお腹が空いちゃって、お兄が起きてくるまで待ってられなかったからね。幽魅さんに朝ご飯頼んだの」 玄葉、料理下手だからなぁ。冷凍弁当やカップ麺が切れてたのか。 「この音と匂いのせいかな、さっき変な夢見ちゃったよ」 私は玄葉と幽魅に自分の夢の話をしました。案の定、玄葉はジト目になってこっちを睨み、幽魅はケタケタ笑ってます。 「凪くんさぁ、そもそも玄葉ちゃんが目玉焼き作れるわけがないじゃん!」 「おい。さすがにそれはない。目玉焼きくらい作れるわ」 玄葉が冷蔵庫を開けて卵を出してきます。そうだよね、複雑な料理とかじゃなくてただ生卵をフライパンで焼くだけだもん。 「見てなさい」 玄葉がフライパンに卵を投入し、白身が固まったあたりで水を少し入れて蓋をかぶせます。すると。 「ウォオオオァアァァァアァァ~~~~~・・・」 フライパンの中から水の蒸発音の代わりに、断末魔みたいな声が聞こえてきました。 「ファラリスの雄牛みたいだね」 私がぼそっと呟くと、幽魅がお腹を抱えて爆笑し始めました。 「ごめん」 正座させられた幽魅の頭には、玄葉によって作られた目玉焼きが乗せられていました。幽霊だから火傷はしないみたいだけど、改めて現実で見るとこれはひどい絵面だ。玄葉は幽魅が焼いてくれた目玉焼きを食べており、幽魅はこの頭に乗った玄葉特製目玉焼きを食べさせられる事になります。 「凪くん、これ食べて大丈夫だと思う?」 「う~ん、多分。・・・もし駄目だったらごめんだけど」 幽魅はちょっと逡巡していましたが、意を決して頭の上の目玉焼きを取って口に運びました。一口で丸呑みし、口を開いた幽魅の言葉は。 「ぱじゃふ」 「ダメだったか・・・」 卵を焼くだけで駄目だとなると、やはり『料理』を作るのが駄目となりそうですね。カップ麺にお湯を注いだりチルドピザをオーブンに放り込むのは『料理』ではないし。 「な、凪く~ん・・・口直し~」 幽魅が私の首に手を回してきました。ええと、このポーズで口直しって言うのは・・・。 「んむ!?」 私は幽魅と唇を重ねました。といっても、やっぱり感触はないんですけど。玄葉が持っていた箸を取り落とした音が聞こえます。 「ちょ、ちょっと凪くん!?ちゅーしろなんて言ってないじゃん!」 「いや、抱き着いてきて口直しって言われたから、こういう事かと・・・」 「そんな訳ないでしょー!また不意打ちで人の唇奪っちゃってさぁ!」 「・・・また?」 幽魅がぴゃあぴゃあ騒いでいましたが、玄葉の声がした瞬間水を打ったように静寂が訪れました。 「幽魅さん、またって何?前にもお兄とキスしたって事?」 「えっあっその」 そうか、茶楽さんの話をした時、玄葉は途中から来たから。私が幽魅を引き留めるのにキスに及んだ事を知らなかったんだった。やべ。 「おいお兄」 「・・・うん、まあ。ほら、幽魅を連れ戻しにT山言った時。何かもう幽魅が消えちゃいそうだったから、咄嗟に・・・ね?」 「へぇ」 玄葉は冷蔵庫に向かい、新しい卵を取り出しました。まさか。 「お兄、せっかくだから味わってみる?大丈夫よね、マズくても幽魅さんと『口直し』するもんね?」 「やめなさい玄葉、食べ物を粗末にしちゃいけません」 「お兄が食べるから粗末にはならないから」 「玄葉ちゃん待って!私そもそも凪くんとちゅーするの承諾してないんだけど!」 「一回したならもう何回やっても同じでしょ」 無情にも卵は割られ、熱されたフライパンに広がったのでした。 ちなみに私がその後行った『口直し』は、自分でおいしいスクランブルエッグを作って食べる事でしたよ。念のため。