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【ネオン】眠らない町に蠢く悪
上海市。ネオン看板の眩く輝く夜の町は、かえって地上の闇を深くする。その闇の中から、黒いシャツの男が姿を現した。 「・・・」 男は淀みない足取りで、雑踏をすり抜けるように目的地へと向かって行く。その途中、男は一瞬足を止めた。すっと進む向きを変えて、人のいない横道へ移動する。 「何の用だ」 その路地裏で耳に手をやり、男は口を開いた。どうやらインカムのような通信機器をつけていて、そこに連絡があったため雑踏を抜けたようである。 「紅(ホン)サマぁ、今どちらですかぁ?紅サマが大怪我したって聞いて、エリス大急ぎで東京のアジトに戻ったのにいないんですもぉん」 「その声はエリスロか。俺は上海だ。俺しか買えない爆薬の調達をしている」 男・・・紅がそう答えると、電話口の女『エリスロ』は大声をあげた。 「ええー!国外じゃないですかぁ!エリス、弱り切った紅サマをおはようからおやすみまで甲斐甲斐しく介護して差し上げたかったのにぃ。ていうか動いて大丈夫なんですかぁ?片腕ちぎれかけて内臓もズタズタって聞いたんですけどぉ」 「俺は若いからな。その程度の怪我なら数日横になっていれば治る」 「いえいえおかしいですって、それは若さで説明つきませんよぉ。・・・まぁ、紅サマが元気ならいいですかねぇ。紅サマ、爆薬買ったら日本に戻って来るんですかぁ?」 「さぁな。オジムの作戦次第だ」 「む~。テロリン的にはロシアで作戦展開予定らしいですからねぇ、紅サマもそっちに行かされちゃうんでしょうかねぇ?エリス、紅サマに会いたかったなぁ」 国際テロ組織テロリンの活動は大規模から小規模まで多岐にわたり、世界中で展開される。次の作戦がどこになるかは命令されるまで分からない。特に紅のように有能な工作員は、各国を渡り歩くのが常だった。 「日本にはお前と同じ幹部の一人『深海救太郎(ふかみ きゅうたろう)』が常駐しているだろう。日本に三人も幹部が常にいる必要は無い。俺が日本に行くのは作戦がある時だけだ」 「深海の奴をさくっと消しちゃってからぁ、代わりに紅サマを日本常駐の幹部に据えるようにオジムに頼んじゃえばぁ・・・」 「やめておくんだな。救太郎は確実にエリスロより強いぞ。第一幹部同士で殺し合いなど始めたら指揮系統が乱れる。ただでさえテロリンは一枚岩じゃないんだ、余計な波風を立てるな」 「はぁい」 そんな話をしていると、いつの間にか数人の男たちが紅を取り囲んでいた。手には武器をちらつかせ、邪悪な笑みを浮かべている。結論から言うとこの男たちは人さらいで、中性的な外見を持つ紅に目を付けて、売り飛ばすために捕らえようとしているところだ。紅は小さく溜息をついた。 「紅サマぁ?」 「悪いなエリスロ。客が来た。切るぞ」 通信を切り、紅はぱきぱきと指を鳴らして身体をほぐした。 数分後、紅は再び目的地の闇商人のところを目指して歩いていく。彼がもう振り返る事も無かった路地裏には、手足や首をへし折られ、息の無い男たちが転がっているだけだった。