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悪党には“悪魔”を
「なるほどねェ。宿城を失脚させれば金剛院晶に恩を売っておけるという訳だ」 昨夜の電話の後、朝から早速うちにやって来た江楠さんは、テラスでタバコをふかしながら私の話をまとめました。 「昨日の電話では君もいささか冷静さを欠いていたようだったから、ヤドリギカンパニー社長の宿城サイトについてはまだ軽くしか情報を集めていないんだ。が、結構な難敵だねェ」 「そんなに難しいんですか」 「ああ。何せ・・・おっと、ここから先は彼女たちを交えた方が良さそうだ」 江楠さんが顎でしゃくった先には、うちに向かって歩いてくる晶さんと桜一文字さんの姿がありました。 「昨日は本当にご迷惑をおかけいたしました。金剛院家の者としてあるまじき失態、誠に申し訳ありませんでした」 「その上早渚さんを暴漢扱いして暴力をふるってしまった事、重ねてお詫び申し上げます」 晶さんと桜一文字さんは玄関先で深々と頭を下げ、昨日の一件に対しての謝罪をしてきました。桜一文字さんに至っては土下座だったので、私は慌てて頭を上げるように彼女たちに言いました。 「わたくしの不始末に対するハウスクリーニングやお借りした服の補填など全て手配いたします。それと、お詫びの印としてわたくしがオーナーを務めます企業をいくつか早渚さんにお譲りいたしますわ」 「いや困ります!クリーニングはともかく企業譲渡は持て余しますのでお気持ちだけで!」 見ると晶さんは全身に汗をかき、顔から蒸気が出そうなほど赤面していました。恐らく昨夜の失態を心から恥じているのでしょう。自分だってまだショックから回復していないはずなのに。 「あの・・・それで私からのお詫びの方なんですが、お嬢様と違って私の場合はこの体くらいしかありませんので・・・」 桜一文字さんの方はそう言うと、自分の胸や下腹部をそっとさすります。そんな仕草をされたので思わず生唾を飲み込んでしまいましたが、組み伏せられた程度でそんな要求するわけにいきません。しかしどう言って断るのが正解なんだ・・・普通に突っぱねたら桜一文字さんに魅力が無いと言っているようなものだし・・・。 「早渚クゥン。メイドさん手籠め計画を練る前に彼女たちを客間に通してくれはしないかねェ?話が進まないじゃないか」 私が悩んでいると、江楠さんが家の奥から現れて話の流れを切ってくれました。 「えっ!?手籠めって、わ、私そんなつもりでは・・・ただ肉体労働でお詫びしますという話ですから!」 危なかった!変な返ししなくて本当に良かった! 「さてお嬢さん方。お初にお目にかかるねェ。私は私立探偵の江楠真姫奈だ。金剛院晶サンがお困りだと、早渚君から相談を受けてねェ」 「初めまして。わたくしは金剛院晶。こちらは従者の桜一文字花梨です」 「よろしくお願いします」 リビングで三人がそれぞれ挨拶を交わすと、江楠さんは早速資料と手帳を取り出しました。 「早渚君は私に宿城サイトを洗って欲しいと言っている。とりあえず一晩で調べたのがこれだ」 江楠さんの資料には宿城の写真と、その活動が印刷されていました。 「まずヤドリギカンパニーだが、今のところ怪しい様子は無いねェ。まだ深掘りできていないが、会社ぐるみの不正は臭いがしない。探るなら宿城サイト本人だねェ」 あの夜遅くから調べ始めて、すぐに資料に落とし込んでいるあたり、江楠さんがこの依頼をモノにしたがっているのが伝わるようです。 「その宿城サイト本人も、取引先や社員からは好印象を持たれている。本性を隠すのが上手いんだろうねェ」 「ええ・・・わたくしも最初はとてもクリーンでさわやかな方だと思ってしまいました」 「写真見る限り真面目そうな顔ですもんね~」 私も写真を見る限り、真面目な好青年という人柄にしか見えません。会社のホームページもすっきりとまとめられていて、しっかりした企業に見えました。 「で、だ。私は探偵と名乗ってはいるがね、どちらかというと情報収集とそれによる脅迫が十八番だ。金剛院サンが望むなら、私は宿城の裏の顔を暴くために動く。どうしたいね?」 私が江楠さんの顔を見ると、江楠さんはこちらに視線をちらりと向けました。 「早渚君のお願いだけじゃ動けない。問題の発端は金剛院サンだし、何より金がかかる。本性を隠すのが上手い相手だ、悪事の証拠を消しているだろう。なので恐らく証言をもとにディープフェイクなどで証拠を捏造する必要もあるからねェ」 そこまでする必要がある相手なのか・・・。もう思いっきり違法で、バレたらただじゃすまない行為です。 「わたくしは・・・」 晶さんも目を伏せて考えます。桜一文字さんは晶さんの決断を静かに見守っていました。やがて、晶さんは強い意志を視線に乗せて江楠さんに向き合いました。 「わたくしは、わたくしをモノ扱いするような殿方と結婚できません。この悪人の本性を白日の下に晒してくださいまし」 「ククッ、オーケィ!任せてくれたまえよ。目には目を、歯には歯を。そして悪党には“悪魔”を、ってねェ」 江楠さんは本当の悪魔のように邪悪な笑みを浮かべて手を叩きました。 こうして我々は宿城サイトの失脚に向けて動き始めたのです。