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【星空】幽魅と星空の下で
江楠さんと別れた私はBarを出ると、とにかく宿を探そうと夜の町を歩きます。どこをどう歩いたのか、気付けば私は東屋のある高台の公園に来ていました。こんなところに宿泊施設なんてある訳がないし、ここから近い知り合いの家だって鈴白家です。瑞葵ちゃんだったら頼み込めば泊めてくれそうな気もしますが、いくら何でも非常識でしょう。若い女性のいる家に酔っぱらい男を泊めるなんて危険すぎます。 「仕方ない、東屋で少し休むか・・・」 今日の気温がまだ高い方で良かったです。とは言え、かなり寒い状況ではありますが。東屋のベンチで横になっていると、澄んだ夜空に星が輝いているのが良く見えます。 「綺麗だな・・・」 「おっと、それは星空?それとも私?」 不意に声が聞こえてきたのでそちらに目を向けると、幽魅がにやにやしながら立っていました。私は身を起こすと、幽魅に近寄ります。 「星空」 「おい!」 ご不満のようです。 「いや、綺麗だって言ったタイミングじゃ幽魅に気付いてなかったから。それで、幽魅はどうしてここに?」 「えー、凪くんを心配して来たんだよぅ。家に行ったら、玄葉ちゃんしかいなくてさー。話聞いたら、玄葉ちゃんのお風呂覗いたそうじゃん」 「ああ、わざとじゃなかったんだけどね。ちょっと不注意だったなぁ」 幽魅が草むらに腰を下ろしたので、私も隣に座ります。 「それで凪くんが今日は帰らないって言うから、ちょっと探してみたらこんなところで酔っぱらってるし」 「江楠さんに会ってね。ちょっとだけ飲んだんだ。そしたら宿を見つけるどころかこんなところまで来ちゃったみたいで」 「まさかここで寝るつもりだったの?生きている人にはキツいよ?」 「だね。結構寒い」 私が自分の体を抱いて震えていると、幽魅は少し考えるそぶりを見せました。それからしばらくして、意を決したように口を開きます。 「ねえ、凪くん。凪くんさえよければなんだけどさ・・・」 「うん?」 「・・・私のナカ、入れさせてあげても、いいよ?」 雲一つない綺麗な星空の下で、私と幽魅は一つになりました。私を受け入れた幽魅は、最初こそぎこちない反応をしていましたが、今は多少落ち着いたようです。 「幽魅って体温ないから冷たいのかと思ってたけど、幽魅の中、意外にあったかい・・・」 「触れるようになってる時は、気温と同じ温度ではあっても外気は遮断できてるからかな・・・?凪くんの体温が私の中から逃げていかないからあったかいんだと思うよ」 私が少し体を揺すって幽魅の奥に入っていくと、幽魅がほどよく締め付けてきます。この感触、くせになるかも・・・。 「な、凪くん。あんまり動かないで欲しいかなあ・・・私初めてだから、変な感じがする・・・」 「ご、ごめん。でも、私だって初めてだからね・・・寝袋に変身した女の子に入るなんて」 幽魅は変身能力を活かして、私がずっぽり入れるサイズの寝袋に化けてくれているのです。普通の寝袋と違って幽魅の意志で寝袋がうごめくので、私もちょっと落ち着かないのですが、何もない野宿より全然上等です。 「とりあえず凪くん、凪くんの胸のあたりと腰のあたりはあんまり触っちゃだめだからね?そこ、私の胸とお尻のあたりになるから」 「人間の形してなくても、触られた時の感覚はそうなんだ・・・?って事は、大体幽魅と正面から抱き合ってるくらいのイメージでいればいいのかな?」 「へい、そんな感じに思っといてください。・・・あと、中でおねしょしないでね」 「さすがにしないよ・・・」 そんな感じの会話をしながら、私は空を見上げます。玄葉、どうしてるかな・・・。 「玄葉、まだ怒ってた?」 「いや、全然怒ってなかったけど。むしろ凪くんを一時の感情でビンタしたの相当後悔してたよ。わざとじゃないの分かってたのにって」 そっか、それなら明日にはちゃんとお互い謝って終わりにできそうかな。幽魅がいてくれてよかった。もしいなかったら、玄葉の様子も分からなかったし、私は凍えていただろうから。 「幽魅、ありがとう。私幽魅と友達になれてよかったよ」 「それだったら私もありがとうを言いたいな。凪くんと玄葉ちゃんいなかったら、絶対つまらなかったもん。誰にも認識されないのって、すっごい退屈なんだよ?だからね、凪くん。私、凪くん達と一緒にいるの幸せだよ」 ・・・寝袋状態の幽魅って、目は見えてるんだろうか。できれば見えてないと助かる。今、私の顔は絶対に酒の所為だけじゃなく赤いだろうから。 そしてとりとめのない話を続けるうちに、私は眠りに落ちていたのでした。 明け方、まだ星空が完全に消え切らない早朝の内に、私は冷たい空気で目を覚ましました。目をこすって周囲を見ると、寝袋状態を解除した幽魅が笑ってこちらを見下ろしています。 「おはよ、凪くん。よく眠れた?」 「うん、ありがとう。おかげで凍死しないですんだよ」 そうか、幽魅が寝袋を止めたから私の体が外気に晒されたのか。そう考えると、防寒性能は馬鹿に出来ないものだったようです。 「本当はもうちょっと寝かせておいてあげたかったんだけどねー。なんかね、凪くんの凪くんが何回かご立派になってまして・・・で、さっきはその状態で寝返り打たれて、丁度私が下になってぐりぐりされる感じになっちゃったので・・・まあ、ごめんね?」 途中から幽魅の顔が真っ赤になっていって、視線も逸らし始めました。 「私こそ申し訳ありませんでした」 私はその場で土下座します。幽魅は眠らない事が出来るから、私の体の状態を一晩中感じ取ってたんだろうな・・・。いくら彼女がそういう気分にならない存在だったとして、生前の常識は残っている訳だから嫌悪感があったのでしょう。悪い事をしました。 「じゃ、じゃあ、私はもう行くね。凪くん、玄葉ちゃんとしっかり仲直りしてねー」 「ありがとう、幽魅。今度お礼においしいお菓子用意しておくね」 気持ちの良い朝の空気を吸い込んで、私は家への帰り道へ足を向けました。