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【機械】機械仕掛けのメイドさん
「98%の確率で早渚凪様とお見受けします。こんにちは」 スーパーで買い物をしていた私に、誰かが背後から声を掛けてきました。振り向くと長い髪とメイド服が視界に入ったので、一瞬花梨さんかと思ったのですが違いました。感情の乏しい青緑色の瞳、青みがかった黒髪の彼女には見覚えがありません。 「あ、こんにちは。・・・すみません、どこかでお会いした事がありましたか?」 「いいえ、初対面です。早渚凪様は重要人物としてインプットされておりましたので、ご挨拶差し上げた次第でございます」 抑揚のない声でそう告げると、一部の狂いもない、しかし緩慢な動作で彼女はお辞儀をしてきます。メイドさんだよな。それでいて私を重要人物に指定してるような雇い主となると、一人しか浮かばない。 「もしかして、晶さんのメイドさんでしょうか?」 「はい。主人は金剛院晶お嬢様でございます」 成程、いつもは花梨さんとばっかり会うけど、当然他のメイドさんだっている訳ですからね。 「合点がいきました。改めて、早渚凪です。よろしくお願いします」 「はい、よろしくお願いします」 少し待ったけど、名乗ってくれる気配がない。こっちから聞こうかな。 「あの、よろしければお名前を伺っても?」 「申し訳ありません、個体名は未設定です。機種名は『KMM-1.0-B001』です」 え?と怪訝な顔をすると、彼女はそれを見て取ったのか説明をしてくれます。 「Kは金剛院、一つ目のMはマシナリー、二つ目のMはメイドの頭文字です。1.0はバージョン情報、Bはベーシックモデル、001は外見パターンを表します」 「え・・・えっと、つまり・・・『金剛院のからくりメイド』?」 「左様でございます」 そして彼女は、青緑だった瞳を目まぐるしく黄色や赤に点滅させました。 「他の呼称ではアンドロイド、ガイノイド、メイドロイドなどでも構いません。要するに機械のメイドでございます」 彼女は人型ロボットだからなのか、動作は普通の人間に比べて緩慢です。しかし行動の内容は問題が無く、少し見ていた限りではスーパーでの買い物も普通にこなせていました。有能な人工知能を搭載しているようです。買い物を終えた彼女はお屋敷に戻るそうなので、私も同行する事にしました。帰り道が同じなのもありますが、単純に彼女に興味があったのです。呼び名にはちょっと困ったので、金剛院マシナリーメイドの頭文字を取って、コマメちゃんというあだ名をつけてあげました。メイドさんなので、小忠実(こまめ。労を惜しまずによく働くさま)というのは我ながら悪くないセンスだと思います。コマメちゃんも了承してくれました。そうして帰ってきた金剛院邸に入ると、早速晶さんと花梨さんに出くわしました。 「あら、早渚さん。ごきげんよう」 「いらっしゃいませ早渚さん。その子と一緒だったんですか」 花梨さんはコマメちゃんの手から買い物袋を受け取ると、中身を確認してから庭にいた他のメイドさんに渡しました。晶さんの方はというと、自慢気な笑みを浮かべています。 「早渚さん、既にお聞き及びとは思いますが、この子は金剛院グループが開発したメイドロボットですの。まだ試作型ですので、色々やらせてテストしている所ですわ」 「一応、AIには私のメイドスキルとかがベースになったデータを学習させてるので、誤作動とかしなければ問題ないはずなんですけどね~」 学習の大本は花梨さんだったのか。だったら大体の事は問題なくできるんだろうなぁ。 「確かに見る限り、スーパーでの買い物は問題無さそうでしたね。コマメちゃんがロボットだとは、他の人は気付いてなかったみたいですよ」 「え゛っ!?」 花梨さんが都合の悪そうな声を上げました。どうしたんだろう。 「さ、早渚さん。その子に名前つけちゃったんですか」 「えっ、マズかったですか!?会話するのに呼び名に困ったので、金剛院マシナリーメイドの頭文字からコマメちゃんってあだ名つけちゃいましたが」 「マズいかもしれませんわね。名付けた早渚さんを主人と認識しているかも・・・あなた、早渚さんはあなたにとってどういう人物か言ってみなさい」 晶さんがコマメちゃんに問いかけました。するとコマメちゃんは人差し指を立てて答えます。 「早渚凪様は、コマメのパパです」 場の空気が凍り付きました。その空気を感じているのかは分かりませんが、コマメちゃんは続けます。 「名付け親となれば、親も同然にございます。ゆえにパパです」 「あ、晶さん、花梨さん。これインプットし直しとかって・・・」 聞こうとしましたが、それより先に晶さんと花梨さんが距離を詰めてきました。 「早渚さんがパパという事は、主人であるわたくしがママという事ですわよね?ね、早渚さん?」 「いやいやお嬢様、あの子は私のデータを元にしてるんですから、私がママでしょう。ね、早渚さん?」 どっち選んでも角が立つやつじゃん!私はコマメちゃんにアイコンタクトで『助けて』と合図をしてみました。コマメちゃんはそれを読み取ったのか、フォローを入れてくれます。 「どちらがママなのかよりも、パパは私の仕組み・・・メカの秘密の方に興味があるはずです」 「うん、そうだね!コマメちゃんの事をもっと聞かせて欲しいな!」 全力で乗っかって、晶さんと花梨さんの圧力から逃れます。まだ食い下がりたそうにしている二人に対して、コマメちゃんは無表情のまま言いました。 「お嬢様、花梨先輩。男の子は何歳になっても『メカの秘密』という単語に弱いものでございます」 「「ぐぬぬ・・・」」 どうやら助かったようです。さて、方便だったとはいえ、コマメちゃんの秘密は確かに気になります。 「パパ、私の目の色はバッテリー残量を現しています。青緑は51%以上、黄は50%以下21%以上、赤は20%以下です」 「あ、やっぱりバッテリー式なんだ。バッテリーはどこにあるの?」 するとコマメちゃんは胸元に手を置きました。 「乳房に該当する部位に格納しています」 「充電はどこかにケーブル差込口があるの?」 「充電はこちらを使います」 コマメちゃんがポケットから出したのは、100V用プラグの反対が二股に分かれているケーブルでした。分かれた先端の方には、それぞれワニ口クリップがついています。 「このクリップで乳首を模した端子をそれぞれはさみ、プラグをコンセントに差し込むと電流が流れ、充電される仕組みです」 ロボットとはいえ、女の子の乳首に電流流すの!?絵面がえっちすぎる! 「ちょっと晶さん!開発者さんってそういう性癖でもあるんですか!?」 「あの博士はその辺りの配慮が欠けておりまして・・・胸がバッテリーなら乳首から充電すればいいって考えで設計してしまいましたの」 晶さんとしても嫌ですよね。もしこのロボットを発売したら、各ユーザーのところでそんなアブノーマルな光景が繰り広げられるんだし。 「パパ、折角ですので実演しましょうか?」 「ダメに決まってんでしょうが!」 花梨さんが服を脱ごうとするコマメちゃんを取り押さえて屋敷に引きずり込みました。晶さんも苦笑いしながら、 「あの子を再教育しませんと。今日はここで失礼いたします」 と言って後を追っていきました。このお屋敷、どんどん面白いメカが増えるなぁ。