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狐と鬼とサーカス団
「ダキニラ、本当に大丈夫か」 「大丈夫だって、軽業だったら私だってサーカスの奴らや密偵の奴らには負けないよ」 街角の陰に隠れて、オークの戦士と、狐の獣人の少女が話している。 「人身売買と、やばい薬の持ち込みはギルドでもご法度だ。もちろん俺たちも手を貸すが」 傍にはこっそりと地に溶けるように、もう一人の男がいた。 ギルド、盗賊ギルドの構成員らしいのだが、この男はそんなそぶりは見えない普通の務め人の容姿だ。 ダキニラと、オークのゴルドンは、冒険者ギルドに籍がある冒険者だが、実はダキニラの様に冒険者として登録している盗賊(スカウト)は少数派である。 今回、どうも郊外にやってきたサーカス団が、他国との移動の合間に悪さをしている、とのうわさが流れている。 ありえそうなのは、違法物資の持ち込み、人身売買、情報収集という名のスパイ活動などだが。 今回、それを確かめるために、ダキニラが潜入することになったのだ。 「本当に気を付けろ。我も手助けはするも、そこまで素早くは動けぬ」 ダキニラの種族違いの兄であるオークのゴルドンは、優れた戦士にしてエンハンサーだが、いかんせんオークの巨体は目立つし、狭い街中では動きにくい。相手が手練れの暗殺者であっても、遅れをとることはないだろうが。 「うちの手下の何人かは、サーカスの周りでカバーに入っている。だが、あんたほどの腕じゃない。繋ぎと見張りぐらいはこなすだろうが。 あんたに何かあったら厄介なことになる。気を付けてくれ。」 「大丈夫、あたしには、幸運の神様が付いている。神様の手下としては、人を不幸にする奴らは見過ごせないよ」 『使徒と呼べ・・・・・』 なぜか頭の中に返事があったのでダキニラは頭をすくめる。 ダキニラは、先日母親のアーゼリンと共に、幸運の女神のお言葉をお聞きしたのだ。 その時の声と話し方のイメージと同じだ。 母親は、驚きこそすれども恐れ敬ってはいなかった。 ダークエルフだからか。 それとは今回の任務は直接関係ないのだが。 「まあ、いいや、ちょっと着替えてくるよ」 数分後。 「へ~、馬子にも衣裳ってわけじゃないが、えらい別嬪に化けたな」 普段は可愛らしく明るい印象のダキニラだが、サーカス用の衣装とメイクにより、5歳ぐらいは年上に見える妖艶な美女に変身していた。 「妹に対してそれは失礼というものだ……」 ゴルドンが、少し語調を強めて言う。 「いや、わるいわるい。すげーマブくてびっくりしたってことだ。 それじゃあ、後は話は通しているから、仲介屋の指示に従ってくれ」 「それでは、期待の新星!!ニータ嬢の登場です!!」 煌びやかで華やかで、それでいて清楚に見えるニータの姿とその妙技に、観客たちは大興奮だ。 空中ブランコ、綱渡り、ナイフ投げに、玉乗りと、なんでもござい。 ダキニラの、サーカスへの潜入はとりあえず完了した。 「やっぱり、猛獣の檻に隠して、薬物と武器の密輸か……」 ダキニラは、サーカス衣装のまま、休憩時間の隙をみて調査を続行する。 符牒で書かれた帳簿や、ヤバイ物の隠し場所など、素人には通じてもダキニラの目はごまかせない。 「これは!!」 見習いの子どもの入団、退団の記録だったが、不自然だった。 やけに多いし、預かっている期間も短い。 「人を不幸にするやつは許さないよ……」 幸運神の使徒は、怒りにわれを忘れたが、このとき女神は微笑まなかった。 「誰だ!!何をしている!!」 気配を聞きつけたのか、団員の一人が声を上げる。 「やばっ!!」 冷静さを取り戻して、帳簿を手にサーカスを抜け出て遁走するダキニラだったが。 (いけない……) サーカス団だけに、いろいろなタイプ、種族の芸人がそろっていたのだが。 その中に小人もいた。 大男とコンビを組んで、頭の上や肩の上で曲芸をしたり、空高く投げ上げられたりしていたのだが。 (グラスランナー?) 人間の子どもぐらいの背丈しかない小柄な妖精族で、力も弱いが、体はそれなりに頑強で、なにより非常に敏捷で器用、頭も悪くない、とまさに盗賊になるために存在する種族だ。 その盗賊の素養は狐の獣人であるダキニラさえもしのぐ。 追いつかれる? 非力なグラスランナーの短刀とはいえ、背後から切りかかられるわけにはいかない。 つなぎ役の盗賊が、静かに急いで姿を消すのを、視界の隅で見届けながら、走るのをやめてグラスランナーに向き直る。 「にゅひひひひ、ねえちゃん、やけに身が軽いからにょ。あやしいとおもっていたにょ」 グラスランナーが妙な語尾で話しかけているうちに、怪力男に殺人ピエロ、その他の団員たちも追いついてくる。 「貴様、王軍の密偵か?知っていることを話してもらううか」 怪力男が戦斧を背負いながら言う。 「ひひひ、その可愛い体に聴いてみれば素直に答えてくれるよ……」 殺人ピエロが両手に何本も持ったナイフを舐めながら言う。 「語るに落ちたね。女王様の敵か。あんたらの悪事の証拠もしっかり掴んだよ」 怪力男は、盗賊としてのスキルが低かったらしい。 ピエロがごまかそうとしたがダキニラは騙されない。 「姉ちゃん死んでね……」 グラスランナーが軽妙な雰囲気を消して呟く。 「まさか、幸運神の神官戦士とは……」 すでに殺人ピエロは倒された。 怪力男もその体に傷を負っている。 「戦士ではないみょ。神官盗賊だみょ……」 軽口をたたくグラスランナーの服は返り血に染まっている。 自分がなます切りにされたかのような血の量だ。 「はっ、私はおこないが良いんでね」 致命傷を受けているはずの出血量なのに、ダキニラはまだ立っている。 怪力男の巨大な戦斧がダキニラの体をかすり、グラスランナーの鋭い短刀に何度も刺し貫かれながらもその都度ダキニラは立ち上がった。 幸運神は、ダキニラを見捨てない。 致命傷をたちどころに癒す、幸運神の奇跡に、暗殺者たちは恐れおののく。 「だっ、だが、そろそろ奇跡は打ち止めだ。一撃で首を跳ねればそれで終わりだ!!」 グラスランナーが怪力男の背後に回り姿を消す。 「死ね!!」 「死ぬにょ!!」 グラスランナーは、怪力男の背中を駆け上がり、中空高く飛んでダキニラに飛び掛かる。 同時に怪力男は大戦斧を水平に薙ぎ払ってダキニラの細い胴体を両断しようとする。 普段から曲芸で鳴らしたコンビネーションだった。 躱せそうにない。 グラスランナーの短剣がダキニラの可憐な顔を切りつけ、 大戦斧がダキニラの体二つにする瞬間!! 「待たせた。ダキニラ」 空中のグラスランナーを空中で拳で殴り止め、 大戦斧を、手にした大剣で受け止めた、その顔に浮かぶ笑顔は……。 幸運の女神の微笑みとは似ても似つかない代物だったが、 同じぐらい頼りがいと心強さがあった。