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スズメカブトの花冠
―レンジャー訓練帰還直後の幕営地にて― 夕暮れが湿原を赤く染める中、幕営地の外れにふらりと現れた少女の姿があった。 黒い軍服の上、夕日が差し込む中、青く可憐な花で編まれた冠。 小さな花は、あたかも小さな兜が連なっているようにも見える。 彼女はそれを無垢な笑顔で、金色のポニーテールの上にちょこんと乗せていた。 「どう? かわいいでしょう、このスズメの王冠。似合ってますか?」 紫の小さな兜のような花が輪を作り、陽に透けて煌めいていた。 スズメサイズの兜で作ったスズメの王冠? その言葉と姿を見て、まるで時が止まったような沈黙が流れた。そして一拍遅れて—— 「少尉ッ!!!!!」 絶叫にも似た怒声が、幕営地全体に響き渡った。黒髪ボブの小柄な女性、富士見軍曹が血相を変えて駆け寄ってくる。 「それ……っ、トリカブトです!! トリカブトで花冠なんて作る人がどこにいますか!? 最悪、冠の花粉が髪について、頭皮から吸収されるかもしれません!! 花冠、乗せてましたよね!? なら洗います。全部。今すぐ!!!」 「だっ、大丈夫! 雄しべは取っておいたからっ! 雄しべが諸悪の根源だって、直感でわかって——」 バシィィン!!! 「全草が諸悪の根・・・、根源はその脳みそです!!」 見事な手刀が、金髪頭に炸裂した。 「あいた!! 馬鹿になったらどうするんです!!」 「これ以上馬鹿になりません!!」 即答し、少尉の金色ポニーテールを掴むと、富士見軍曹はそのままをズルズルと湿原の小川へと引きずっていった。 「あっ、まって!いったた!!わ、わかったから! ポニーテール引っ張らないで!! 」 その叫びもむなしく、小川に突っ込まれた少尉の頭からは大量の泡が立ち上がる。 軍曹の手には、軍用の固形石鹸。 ポニーテールは無惨にほどかれ、金髪は泡まみれにされながら、わしわしと乱暴に洗われていた。 「もう! ほんとにっ! なぜっ! あなたはっ! 毎回っ!」 泡と共に飛び散る水しぶき。横でカエルがぴょこんと跳ねた。 「や、やめっ! わしわししないで! おでこの肌弱いの! 」 一方その頃。幕営地の士官候補生たちは、なぜか全員が整列し、川とは逆の方向に向かって夕日を見つめていた。 「……夕日が綺麗ですね」 「そうだな、なんかこう……胸に来るものがある」 士官候補生たちは誰ひとり現場を直視せず、全員が背を向けて夕日を見つめていた。 一人がそっとサングラスをかけ、もう一人が手帳に何かをメモする。 『見てはならないものを見ない。それもまた、生き残るための知恵である』 ―士官候補生用レンジャー訓練心得 第九条(非公式追記) 平穏な一日など、ブロント少尉がいる限り、存在しないのだ。