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上を見ろとは言っていない!!
「貴様、その靴の曇りは何だ? 革が泣いているぞ!!」 朝の点呼前、士官学校の長い廊下。 ブロント少尉はすれ違った男子士官候補生の足元に目を留め、鋭く言い放った。 ピシッとした黒い軍服に身を包み、ミニのプリーツスカートからは引き締まった脚が覗く。立ち姿は凛とし、威厳すら漂っていた。 「えっ……はっ、はいっ! 少尉殿!」 候補生は思わず直立し、気をつけの姿勢になる。 「私の靴を見てみろ。お前の顔が映るぐらいに磨いてあるだろうが!!」 ブロント少尉は一歩踏み出し、片足を差し出した。 その軍靴は陽光の射さない廊下の中でも鈍く光り、完璧な手入れが施されているのが一目で分かる。 候補生は無意識に膝をつき、その場で正座して靴を見つめる。 「……すごい……ホントに映ってる……」 思わず見とれていたそのとき――ふと、視線が自然と上に向かってしまった。 その瞬間、ブロント少尉の身体がピクリと反応した。 手早くスカートの裾を押さえると、頬がふわっと紅潮する。前髪がその目元を斜めに覆い隠し、表情は読み取りにくい――だが、頬から耳にかけて赤みが広がっているのは明らかだった。 わずかに指先が震え、吐息が熱を帯びる。 「っ……上を見ろとは言っていない!!」 声と同時に放たれたのは、スカートを押さえたまま繰り出された、鋭い蹴り。 「ぐへっ!!」 候補生の身体は、勢いよく廊下の奥へと吹き飛ばされる。 「……またですか、少尉殿」 淡々とした声が後方から届いた。 そこには、黒髪のボブカットを揺らしながら、ブロント少尉の背後に佇む富士見軍曹の姿があった。小柄で整った顔立ち、クールな美貌の中にどこか呆れたようなジト目が浮かんでいる。 「靴の手入れは実に立派ですが……その脚癖の悪さ、そろそろ改善なさってはいかがですか?」 「……富士見軍曹、これはあくまで教育的指導です。お見苦しいところをお見せしました。」 少尉は背筋を正しつつ、礼儀正しく答える。 だが、その頬にはいまだ朱が残り、斜めに垂れた前髪の奥に隠された瞳は、わずかに伏せられていた。 富士見軍曹は言葉を返さず、ただ静かにため息をつき、ジト目のまま視線を送るのみだった。