機動戦車ブロント

「ほえ～、やっぱり、戦車兵はかっこいいな～」 ブロント少尉が談話室のソファーに座って漫画本を読んでいる。 「この制服のデザインが決まっているわね！！」 どうも、大戦時の戦車兵の劇画らしい。 「う～ん、さすがに私でも戦車兵にはなれないし・・・・・・ 未練ありげに漫画本を見つめながら頭をひねるブロント少尉。 「そうだ！！」 ピコンと少尉の（脳）金髪頭の上に電球が光る。 「戦車兵になれないならば、戦車になればいいんだわ！！： ・・・・・・ 演習場の空気は、早朝の山風で肌寒く、候補生たちは緊張で背筋を伸ばしていた。 今日の課題は「敵装甲部隊への対応」。歩哨任務中に戦車に遭遇した場合を想定した訓練である。 富士見軍曹が一歩前に出て、やや重苦しい口調で語り始めた。 「戦車とは……歩兵にとって、最も避けるべき脅威です。装甲に守られ、火力に優れ、視界の外から突っ込んでくる……対戦車装備が無ければ、正面からの勝負はほぼ不可能」 候補生たちは神妙な面持ちで耳を傾けていた。 「過去には、やむを得ず、歩兵が白兵戦を挑む事例もありましたが……最終手段であり、推奨は一切しません」 「本日は、皆様の訓練のために……戦車を用意しました」 ざわ…… 「マジか」「戦車！？」「装甲車じゃなくて！？」 候補生たちの間に動揺が走る。だが、富士見軍曹は無表情のまま静かに言った。 「戦車です」 そう言い終えた瞬間、遠くから「ズン……ズン……」という足音が聞こえ始める。 一同が振り返ったその先―― ピンクのスカーフをなびかせた、少女が歩いてくる。 細身でスラリとした体格、長く伸ばした艶のある髪。 ぱっと見、文官や秘書に紛れていても違和感のない、上品な雰囲気の少女。 ……だが、胸には**「戦車」**と手書きされた布ゼッケン、そして手には訓練用の赤旗。 服はなぜか古風な戦車兵のジャケットで、着丈がやや長くスカートにかかっている。表情は不敵で、瞳だけがぎらりと光っていた。 「……戦車です！！」 富士見軍曹が振り返り、そう宣言した瞬間、全員が凍りついた。 可愛い。だが……怖い。 その少女――ブロント少尉は、にっこり笑って旗を掲げた。 「目標発見。制圧行動に入る。ぬっ殺すよ?」 沈黙を破ったのは、誰とも知れない訓練生の爆笑だった。 だが笑ったのも束の間、ブロント少尉は一歩踏み出し、戦車よろしく地面を踏みしめるように前進を始めた。 「発見した場合、無理に交戦せず、撤退ややり過ごす判断も必要です。 もちろん、それすらも不可能であれば……白兵による攻撃を行った例もありますが、これは最終手段です。 推奨は一切しません。死にます」 そう繰り返す軍曹の声は、どこまでも冷静だったが、よく見ると頬が微妙に引きつっていた。 そして口元が、ほんの少し……ぷるぷると震えていた。 「戦車、突撃ッ！」 ブロント少尉、もとい戦車の掛け声とともに。 釣られるように、どこからともなく小さな叫び声があがった。 「くそっ、やるしかねえ！ 今ならワンチャン──！」 「全員でかかればなんとか──！！」 数人の候補生が草むらから一斉に飛び出し、戦車役の可憐な少女へと殺到した。 木の枝、訓練用スコップ、水筒――白兵装備（もどき）を手に突撃する。 しかしその瞬間── 「甘いわ！！！！」 ブロント少尉が放った旗が唸りをあげて、先頭の候補生を吹き飛ばす。 続けざまに、空を舞うスカートとともに蝶のように舞い、虎のように殴る。 「そんなんじゃ履帯にも傷一つつかねぇぞ！！！」 「ぎゃあああああ！！」 「少尉なのに！ 少尉なのに火力が！！」 一人、また一人と倒れていき、最後には誰も立っていなかった。 「白兵戦でも無理とか、どうしろと！？」 「くっそ、かわいい顔して容赦ねぇぇぇ！！」 ブロント少尉は涼しい顔で旗をくるりと巻き直し、微笑んだ。 「ふっ……貴様らの突撃精神は認めよう。だが、指揮官は無駄な死を許すな。それがわかっただけでも今日の訓練は有意義だったな」 「……戦車です」 候補生のひとりが倒れ際に呟く。 「軍曹、笑ってませんか……？」 「笑ってなどいません。真面目で重要な訓練です」 富士見軍曹は即座に否定するが、その瞬間、視線をそらしながら口元を手で押さえていたのは、誰の目にも明らかだった。