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サメはまだまだ食べられる
「こんなもんかしらね」 下町の食品店で、ハーフエルフの魔術師が買い物をしている。 本日、情報収集の結果を照らし合わせるためのミーティングを、賢者の学院のシルビアの部屋で行うのだ。 冒険者の店でもよいのだが、今回は情報の漏れが心配だ。 バードが扱う危険な呪歌の話など、大ぴらに出来るわけではない。 そのため、安全な学院で食事をしながらに行うことになったのである。 食材を買いに二人でやってきたのだが。 「あれ、お母様?」 ふと気づくと、母親である、ダークエルフ、アーゼリンがいない。 「おっ、お母様……、何をされているのですか?」 アーゼリンは、看板か、トロフィーかはわからないが、大きなサメの剥製の口を開いて、自分の頭に被っていた。 「いや、この魚は大きいな。人間ぐらい一飲みにするのでは、と思ってな」 「いい年ぶっこいて、学園の初年生みたいな真似はやめてください!!」 シルビアが駆け寄ると、母の頭からサメのはく製を引っぺがす。 先日、シルビアが学園で面倒を見させられた初年生の悪ガキどもだったら、確かに展示室の標本を使って色々悪さをしそうだ。 「ふふふ」 「おかしくないです!!」 初等生の悪ガキにさえ手こずるシルビアが、母親を何とかできるわけがない。 「いやなに、サメで思い出したことがあってな」 怒っているシルビアをよそに、含み笑いをするアーゼリン。 「昔、旅人がこの街に来て、魚料理を頼んだらサメが出てきて、こんな臭い魚が食えるか!! と怒って大乱闘になったそうだ。 よっぽど海が近い、魚が自由に食べられる所に住んでいたようだな。 彼の故郷では、肉や鳥が無くても、三食魚だけ食べて満足できたらしい。 生でそのまま食べたりしたとも聞く」 そこでふと、カウンターで魚をさばいていたドワーフの女将が反応する。 「昔は、海の魚なんか、塩漬けや燻製以外はサメしか食えなかったよ。 確かに臭いが、その臭さのせいで、並みの魚より腐るのが遅いんだ。 今は魔道冷庫や魔道列車のおかげで他の魚も生で手に入るけどね。 でも、まだまだサメが好きな所や人は多いよ」 ここ王都は海から離れているので、海の魚を生で輸入することは難しかった。 塩漬けや燻製などの防腐処置を施すか、数が少なく大きくもない川魚を食べるしかなかったのだ。 だが魔動機革命により、物流が向上し保冷技術も向上したので、鮮度は多少落ちていて値ははるが、生の魚も入ってくるようになった。 「聞いたことがあるわ。 サメの仲間は、他の魚よりずっと昔から生きているって。 それで、臭い血が流れる体で命を保っているって。 その臭い血が身が腐るのを抑えるらしいわね」 シルビアも、賢者としての知識で思い当たるものがあったらしい。 「その旅人は稀人だったのかもしれんな。自分の所じゃサメは食べない。食べるのは、木こりやもの好きだけだ、といってたらしい」 「ふーん?まあ、火を通さない生の魚なんか、この辺りじゃまだ食べれないだろうし、そんな度胸試しが好きな強者も少ないだろうね。 それに、まだまだサメは人気さね。 そら、大物がお付きだ。 なにせ、腐らなくて食いでがあって安いときてる。 庶民の味方だよ!!」 女将がそう言って、表の通りを指さす。 「どうだい、あれぐらい大きかったら、あんたら二人まとめて飲み込んじまうんじゃないかい?」 そこにいたのは、非常にバカでっかい、それこそ象か竜かといった大きさのサメだった。 女将の娘らしい、同じ髪色のドワーフの少女たちに、代車に乗せられて引っ張られている。 「あっ、あれはメガロドン(ムカシオオホホジロザメ)!! 体長は50フィート(15メートル)を越える、最大の肉食サメ!! ホホジロザメや、シャチと競合して絶滅したんじゃなかったの!!」 いきなり大声で謎の知識を叫びだすシルビアに。 「どっ、どうした。シルビア。知識神の啓示でもあったのか?」 普段の天然さを忘れて、心配げに気味悪げに問いかけるアーゼリンに 「えっ?私、今何か言いました?」 シルビアは、きょとんとして返すのだった。