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青汁・薬湯・魔法薬
ダークエルフの美女が、宿屋の床に座って、何やら怪しげな事をしている。 毒々しい草が周りに散らばっていて、それを刻んで、なにやら臼か坩堝?のような物でゴリゴリすりつぶしている。 「……、できた」 ダークエルフは、感情が乏しそうに見える顔に、ほのかな笑みを浮かべた。 グラスに移し替えられた液体は、なぜかとても濁った緑色をしていた。 そのころ 宿の別室にて 魔術師だか賢者のローブだかを着たハーフエルフが、意味不明な作業をしていた。 辺りに、フラスコ、ビーカー、アルコールランプ等が置かれているところを見ると、なにかの魔学実験でもしているかのようだ。 「よし。完成!!」 ビーカーに入っている液体は、きれいな緑色だが、なぜか熱くもないのに沸騰している。 ダークエルフとハーフエルフの親子が、同時にけが人の部屋に入ってくる。 「薬湯を作った。飲むとよい……」 「お薬を作りましたわ。体力が回復しますよ」 そして、同時に手にもった怪しいグラスを差し出す。 部屋の中には、怪我人がベットで寝ていた。 体のあちこちに包帯は巻かれてはいるが、元気そうで、重傷を負っているようには見えない。 昨夜魔族に襲撃されていたところを救われた、騎乗兵のイザベラだ。 彼女は、ベットから起き上がりつつ、困ったようにかすかに微笑む。 その視線は、二人が持つ、怪しげな緑色の液体が入ったグラスに注がれていた。 とそこで、親子はお互い顔を見合わせる。 「お母様!!、適当な、その辺で集めた雑草で作った薬なんか、飲めるわけないでしょう!!」 ダークエルフ、アーゼリンは、吟遊詩人にして優秀なシャーマン・レンジャーだ。 伝承知識や、レンジャーの実践治療、シャーマン医療にかんしてかなり優秀なのだが。 「シルビア、学校で習った机上の空論が、そのまま実戦で役立つものではない。 私の知識は、長年人々が実地に培ってきた信頼のある物だ。皆が飲んできたし、効果はある」 「なにお~。私だって、施療院で、実地にヒーラー(施療師)としてお薬を出して治療していますよ!!」 魔法、神聖魔法や精霊魔法等、怪我や病をいやす魔法は存在するのだが、無限に治療できるわけではない。 各種の制約が存在し、神官の使う神聖魔法は寄進を求められるし、精霊魔法の使い手は限られている。 アーゼリンは精霊魔法の快癒(ヒーリング)を扱えるが高度な魔法だ。 先ほどまで滞在したエルフの里でもそこまでの使い手は二三人しかいなかったはずだ。 それに、術者にもよるが、高度な魔法は使える回数も限られる。 そのため、一般庶民、場合によっては貴族も、怪我した場合は一般の病院や、治療師をたよる。 魔法より効果は遅いが、実際に怪我や病気を治癒できるのだ。 「イザベラ殿、私の快癒(ヒーリング)で傷は塞がってはいるが、実際には体は疲れている」 そういって、謎の濁った緑色の液体を差し出してくるアーゼリン。 「そればっかりは、お母様の言う通りです。精霊魔法でマナが活性化しているので、体力も戻ってみえますが一時的な物です。 じきに反動が来ます」 かぶせるようにして、怪しい沸騰する緑色の液体を押し付けてくるシルビア。 農村などで伝わる、民間的実戦的な治療方法と、賢者の学園等で教えている魔学的施療術、 どちらの療法も甲乙つけがたいのかもしれないが……。 いや、見た目はどちらも丙丁付けがたい。 とそこに、ノックの音がすると、二人の男が入ってくる。 「ゴルドン、おめーが料理できるとは意外だな」 「医食同源と内功術の師(エンハンサー)が言っていた。食事を正しくとることにより、病や怪我は癒え、さらに心身が強まると」 様々な料理が乗った盆を抱えたオークのゴルドンと、扉を開けたエルフのブロントだ。 「イザベラ殿。食事をとられよ。我は学び舎にいたとき、課業の合間に食堂でも働いていたからな。美味だと自負する」 「おう、ちょっと食ってみたが、味は保証するぜ……、どうした?」 ブロントは、ゴルドンの料理を勧めようとして、室内の固まった空気に気付いた。 「いただきます!!」 イザベラは怪我人なのにベットから飛び上がると、ゴルドンの元に走り寄り、おいしそうな香をたてるお盆を受け取る。 「なにゆえ……」 「なんでよ!!」 それぞれ薬湯の入ったグラスをスルーされて、呆然としていたダークエルフとハーフエルフが呟き、叫ぶ。 (そりゃあ、まずそうだからだろ) 小声でつぶやいたブロントだが、美女二人にキッと睨みつけられて肩をすくめた。 オークの戦士と、エルフの若長は、顔を見合わせると、それぞれ、緑色の液体が入ったグラスを奪うように受けとり、一気に飲み干した。