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ジャガイモ農家の若長と
アーゼリンと彼女の二人の子供たちは、農場の手伝いをしている。 「なるほど、農業だからって昔ながらの勘や習慣に頼りではないわね」 シルビアが、手にしたジャガイモをまじまじに見ながら呟く。 彼女も収穫作業を手伝ったのか、釣りズボンに簡素なシャツ姿だ。 だが、彼女の可愛らしさが目立つ美しさは損なわれず、かえって新鮮で親しみやすい、今までにない魅力が感じ取れる。 そんな彼女をちらちらとみている、若いエルフの農夫たちもいる。 シルビアは全く気が付いていないが。 「しっかりと、魔学的根拠に基づいているわ。 生物学、農業学は勿論、天文学、気象学、地質学、治水学、広範な知識が求めらえるわね。 体系立てた学問ではないけど、正解を選んで最良の結果にたどり着けるという事かしら。」 賢者と農夫は、愛離れた存在と思いきやとんでもない。 確かな経験と伝承によって代々紡がれ引き継がれていった知識と教育は、王都の賢者の学園に匹敵するものがある。 彼女は魔術師にして賢者、広範な知識を持ち、未知の経験や知識に関してもどん欲だ。 「でも、それだけじゃないわね。さすがに、大きく、農業においてブレークスルーとなる、力や知識があったでしょうね」 そこで、彼女は先日の急激に襲ってきた寒波、その時に用いたコルシ・コタツと呼ばれる、見慣れない暖房器具を思います。 「稀人の知識……かしら?」 彼女の兄のオークの戦士も、ジャガイモの収穫を手伝っている。 大きなジャガイモが大量に入った籠を抱えて微笑んでいる姿は、一見恐ろしげだが、子供や若者の間ではなぜか親しまれているようだ。 ダークエルフの吟遊詩人、アーゼリンは、人々の収穫作業が一段落下したところを見計らって、稀人の農法による恵をたたえる詩を奏でる。詩に織り交ぜられた魔法の旋律は、労働の疲労を和らげる効果があった。 「おーい、ゴルドン、アーゼリンあんたらも。親爺が飯食い終わったら来いって言ってるぜ」 そこに、少し前、ゴルドンに喧嘩まがいの農作業競争をしかけた、若いエルフが声をかける。 所を移して、族長の家。 普段とは打って変わって、威厳たっぷりのエルフの中年に見える族長が、豪華な絨毯が敷かれた床に座っている。 向かい合うように、正当な使者であるゴルドンが座り、両者を見据える位置に、媒酌人としてダークエルフ、アーゼリンが座っているシルビアは、証人としてアーゼリンの斜め後ろだ。 「われら、アルカディオの部族は、貴公、ゴルドン・クラーグ・ブラッドスマッシュ殿の部族、 ブラットスマッシュと和議を結ぶことと相成った。 今までに諍いをすべて流すというわけではない。 だが、魔族の襲撃や此度の異常気象等、起き始めた異変に対しては協力して対処するし、 お互い民が助けが必要なら助け会うことを誓おう」 エルフの族長は、この村を中心とするエルフの部族、アルカディオ族が、ゴルドンのオークの部族と手打ちをする事を伝えたのだ。 そもそも、当初は採集民族であったエルフと、狩猟民族であったオークは広大な森の中にお互い居住し、縄張り争いはあるが、ほどほどに共存しあってきた。 それが、ここ数百年の間、この地方においては、オーク・エルフに変化が発生し、エルフが農耕民族化、畑や水田等を森へ向けて拡張するようになった。 定住化と、食料の安定的供給による人口の増加、それに伴う農地の拡張、様々な要因によって、エルフたちは、オークと本格的に争乱を起こすようになる。 近年は、魔動機革命が起きたせいで、オークは頑強な体を生かして、鉱山、魔動機を動かす魔道石の鉱脈に関する労働を始めるようになり、社会の中に組み込まれることとなった。 まだ、両種族で諍いは残っているが、お互い仲の悪い隣人程度の間柄にだが、そこでこの度の各種襲撃事件と異常気象だ。 魔石、人間や他の種族が魔法を使う力、魔素が結晶化した宝玉だ。 魔素そのもので構成されているのでは、とされる生命体も存在するとされて、 精霊等は形をかえて生き物の形をとった魔素なのでは、と言われることもある。 もともと、魔素は大気中、大地、水中、あらゆるところに存在しているもので、特に土中では結晶の形で存在する。 だが、それらを有効に利用する手段は存在していなかった。 しかし、近年、土中に集積している魔素の結晶を抽出、精錬、凝縮する方法が確立され、凝縮された結晶、魔石と呼ばれるが、を有効に使用する方法も考案された。 加工の技術と施設は大規模なものになり、使用する手順もそう簡単ではないが、得られる力は強大で、量も豊富、枯渇する事が考えられないぐらいだった。 魔石の使用方法で、皆が最初に思いつくものは、魔道列車であろう。 鉄のレールの上に、大規模な魔素抽出装置を設置、車輪を回し、多量の荷車をけん引させる。人員と物資を大量に移動でき、世の中の流通は大いに向上した。 だが、人と物の移動が簡単になるという事は、あらゆる騒動や問題も簡単に移動することになる。 今回の騒動もその一環の可能性がある。 新しく、人族が進出した場所が襲撃され、連動するように、旧拠点が襲われている。 魔族とは、魔素との関わりが深い生き物だ。人族と似ている事もあれば、魔獣との混合体、完全な異形、生き物にすら見えないこともある。一説には、人族や獣が、魔素の影響を受けて異形化したとも言われる。 魔素の結晶である魔石の大量使用が魔族の興味を引いたり、何かを刺激した可能性は十分にある。 そして、エルフや精霊・魔素との感受性の高さから影響を受け、オークは実際に鉱山労働や鉱山調査に携わるもが襲撃を受けている。 無関係とは言っていられなかった。 中央政府への協力要請は、エルフ・オーク共に独立の気風が残っており、最後の手段とみなされている。 そのため、ゴルドンの父であるオークの族長は、さまざまな種族に既知がある、高名な吟遊詩人アーゼリンを便り、エルフとの協力を求めたのだ。 ゴルドンの母であり、共に子をなした仲でである事も理由の一つでだ。 元来、エルフとオークは、各種部族が相争っていたころは勿論、人族として同等と見なされた以降も仲が悪く、諍いが絶えなかった。 ゴルドン達が留め置かれていたのも、特に長老たちにオークとの協力に反対する者がいたためだ。 若者や子供たちにはわだかまりはないようだが。 エルフの族長は、長老間の意見がまとまったことを、ゴルドン達に伝えるために屋敷に招いたのだ。 「なお、この和議に関して、アーゼリン殿に媒酌人をお願いする。これは、オーク側の意向でもある。さらに、証人を、魔術師ギルド准導師、シルビア・アリスン・レインウッド・ノクトヴィン殿に依頼する」 あらかじめ取り決めてあったので、アーゼリンとシルビアは特に異論無く了承する。 「さらに、この者をゴルドン殿に同行させて、誠意とする。見知っておろうな。わが息子にして、この部族の若長だ」 進み出たエルフの若長は、ゴルドンに向かって礼をする。 「いまさらだが、よろしくな。ゴルドン。若長のブロントだ」 「頼りにしている。ブロント」 皮肉気な笑みを浮かべるエルフの友人に、ゴルドンは深くうなずいだ。