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【死神】“死神”のはじまり
「やぁやぁ素敵な夜だねェ、シリア君」 心地よい血の雨を浴びていた私の背後から、忌々しい“悪魔”の声がした。ゆっくりとそちらを振り向くと、いつもの不敵な笑みを浮かべた江楠真姫奈がそこに立っている。 「何か用事かしら。見ての通り取り込み中なんだけど」 「もう終わっただろう?それだけバラバラになって生きている人間なんて見た例がありゃしないしねェ。しかしいくら何でもちょっと頻度を落としてもらいたいものだ。君が消す奴と言えば後ろ暗い所のある人間ばかり。そういう人間は脅迫の材料に事欠かなくて相手が楽だし、他の人間の弱味になってる事もある。こうもポンポンバラされちゃあ調整が大変なんだ」 それはそっちの都合だろう、と言いたいところだが、こちらもこいつにいくらか揉み消しをされているだろう事を考えると、あまり強気にでるのも憚られる。仕方なく、同じ問いを繰り返した。 「いいから、用件を言いなさい」 「何、ちょっと君の耳にも入れておきたい情報が入ったんでねェ。現場で話す事もない、君の部屋に行こうじゃないか」 それには賛成だ。いつまでもここにいたんじゃ目撃される危険も高いし、血の染みは時間が経つと落としにくい。私は真姫奈を伴って自分の部屋に向かう事にした。 シャワーを浴び、私はベッドに腰を下ろす。真姫奈は対面の壁に背を預けて床に座っていた。 「で、情報って何よ」 「おいおい、人に情報をタダでもらおうって言うのかい?対価はもらわないと話せないねェ」 勝手にそっちから来たくせに・・・と額に青筋が浮かびそうになるのをこらえ、精一杯平静に対応する。 「何が聞きたい?」 「そうだねェ、これ以上君の弱味なんていらないし、とりあえず君がシリアルキラーになったきっかけでも聞いておこうか。初めて人の命を奪った時の事とかねェ」 言われて私は思い返す。もうあれから7年も経つのか・・・。 「私が初めて人を殺めたのは13歳の時よ。中学一年生の夏休みの時だったわ。その日は日差しが比較的マシな日だった。私は園芸部に所属していてね。夏休みの間でも水やりとかの世話は必要でしょう?だから、園芸部は持ち回りの当番制で学校に来て花壇の手入れをしていたの」 「ほぅ、少女時代の君には花を愛でる趣味があったのかい」 「茶化さないで聞いて欲しいわ。・・・学校に来るのは私たち園芸部員だけじゃない。一応、顧問の教師も一緒だったわ。ほら、用具倉庫とかの鍵開けもしてもらわないといけないから。その先生は40代の男性教師で、穏やかで真面目な人だった。私は彼と二人、花の水やりをしたり雑草取りをしたりしてその日の当番をこなしたわ」 たった二人だけで、夏の日差しを浴びながら作業。休憩しながらだったけれど、かなりきつかったのを思い出す。 「仕事が終わって、用具倉庫に二人で行ったの。私はじょうろや草刈鎌の入った木箱を棚の上に戻そうとしていたわ。そうしたら、いきなり先生が後ろから私の胸を掴んできたの」 「ククッ、何だい。実は淫行教師だったって事かい」 「いや、そんな噂は聞いた事が無かった。多分夏の暑さで判断力が鈍ったのと、私の外見のせいじゃないかしら。私はイギリス人の血が入っているから多少雰囲気が普通の女子とは違ったし、暑さで汗もかいていたからブラでも透けて見えたのかも知れないわ。それでつい魔が差したのかもね。まあとにかく、その行為に驚いた私は木箱を取り落としてしまった。道具がそこら中に散らばって、私はその中に押し倒されたわ。先生は何度も『ごめん、ごめん』って謝りながらも、私の胸を触り続けた」 あの時の先生の顔は、下卑た笑みなんかじゃなくて本当に申し訳なさそうな顔をしていた。後先とか考えずに、本当に魔が差したから行為に及んだだけに見えた。 「私は当時13歳だったから、当然そういう事をされた経験なんてなくて。ただ怖くて、何とか先生を引きはがそうとした。でも男の人の力に敵う訳ないでしょ?パニックになった私は、何でもいいから助けになるものを掴みたくて、手探りで辺りを探った。そして偶然手に触ったそれを掴んで、先生の顔目掛けて叩きつけた」 どっ。という鈍い音がしたのを今でも覚えている。 「私が掴んだのは草刈鎌の柄だった。先生に叩きつけた刃は、左顎の下に深々と突き刺さっていたわ。大動脈も気道も切り裂いていたはずよ。先生はその一撃で動かなくなり、顔面から床に勢いよく崩れ落ちたわ。私は何とか先生の下から脱出して、乱れた服と息を整えた。そして、救急と警察にそれぞれ連絡を入れたの」 「ふむ。しかし今の君を見るに、大事にはならなかったようだねェ?」 「そうね。警察に私は『棚に木箱を戻そうとしたら落ちてきた。先生が咄嗟にかばってくれたけど、その時倒れ込んだ拍子に鎌が喉に刺さってしまった』って言い訳したから。警察はあっさりそれを信じたわよ。凶器の鎌には園芸部全員の指紋がついていたし、軍手の跡とかもあって指紋がまともに取れなかったみたいだし。先生が崩れ落ちた時に、床に鎌の背がぶつかったへこみが出来ていたのも味方したのかしら。先生は普段から真面目だったのもあって淫行に及んだ可能性も早々に除外したみたい。・・・まあ、もしかしたら裏で何かあって『女生徒を襲おうとした教師が正当防衛で殺された』よりも『事故死』の方がいいだろうって学校関係者が口裏を合わせる事になったのかも知れないけど」 今考えても、あっさり私の無実が信じられたのはかなり奇跡的だと思う。 「成程ねェ、君が初めて殺した時の事は分かった。で、どうしてシリアルキラーに堕ちたんだい?」 「パパがね。事件後すぐにこの鎌とマントをくれたの。これはパパがずっと使っていたもので、パパも実はシリアルキラーだったのよ。この鎌を手にしたせいか、それとも私の中の殺人者の血が目覚めたのかは分からないけど、私は何となく『悪人』が分かるようになった。そしてそれから、私は人知れず悪人を殺すようになった」 私はマントの中に鎌を差し入れる。すると鎌はマントの中にするすると消えていき、いつものように『収納』された。真姫奈はそれを見て感心したように言う。 「ふぅん、そのマントと鎌はどうやらアーティファクトのようだねェ。先祖代々伝わってきてるものって事は、イギリスの魔術師が作ったものかも知れないねェ」 「そんな事は興味ないわ。それより、私の話はしたんだから、あなたの持ってきた情報を話しなさい」 真姫奈はにやり、と笑った。それから口を開く。 「どうやら国際テロ組織テロリンが動き出したらしい。この町の周囲できな臭い動きがあるんだ。私も動かせる部下は呼んでいるが、君の戦力もあてにしている」 「またあいつらなの・・・?で、紅(ホン)は?あいつが来たらこの町なんて更地にされるわよ」 「とりあえず、現状紅が目撃されたという情報はないねェ。あの爆弾魔、このまま大人しくしててくれればいいんだが」 万一、紅が現れたらまず真っ先に先輩には逃げてもらわないと。あいつは生まれついての殺し屋だ。先輩の命なんてあっという間に消し飛ばされてしまう。 「とにかく、君の嗅覚で悪人らしい奴はよく注意しておくことだねェ」 私は頷いた。今はこいつと手を組む方がいい。“死神”として、降りかかる火の粉は切り殺さないと。