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【成人式】瑞葵ちゃんの成人式
今日は瑞葵ちゃんと向日葵ちゃんの成人式の日。私もちゃんとしたスーツを着て、カメラのメンテナンスも抜かりなく現地に向かいました。うちの町の成人式(正確には二十歳の集い)は、式典の締めくくりに神社でお参りをするのが通例。なので私は神社前で瑞葵ちゃんを待ちます。やがて若者たちが神社に姿を現すと、その中にちゃんと瑞葵ちゃんの姿が。私は近寄って行って声をかけました。 「おはよう、瑞葵ちゃん」 「あれ、凪さん?おはようございます、もしかして会いに来てくれたんですか?」 私は頷きを返して、瑞葵ちゃんの姿をしっかり目に焼き付けます。瑞葵ちゃんは赤い振袖姿で、襟元には暖かそうなファーショール。振袖で成人式に参加する女性のスタンダードな格好ですが、銀髪が赤い着物に映えてとても綺麗です。いつもよりお化粧も時間かけてそう。 「おねーちゃんがこういうのこだわりますからね。おねーちゃんが青、私が赤にしてますよ。メイクも倍の時間かけさせられました」 「・・・あれ?私口に出してたかな」 「いえ、でも大体何を考えてたか分かりましたから。『銀髪に赤い振袖綺麗だな』『いつもよりお化粧気合入ってるな』『和服の似合う慎ましい胸だな、触ってみたいな』って」 「胸のくだりは考えてないよ!?ノータイムで私の風評悪化させに来るのやめて!」 そう言ってるのに、瑞葵ちゃんは上体を反らして私の方に胸を突き出してきます。こんなに人目のあるところで触れる訳ないので、私は手を伸ばして瑞葵ちゃんの頭を撫でるにとどめました。さらさらの髪を指で梳かれた瑞葵ちゃんは気持ち良さそうに目を細めます。 「鈴白さんに触るな、この変質者め!」 「!?」 不意に横から、腰のあたりに強い衝撃を受けて私は転んでしまいました。咄嗟にそっちを見ると、『スーツ姿でかなりのイケメンな若者が私に革靴の底を見せている』という光景が目に入ってきます。・・・もしかして、蹴り飛ばされたのかな。腰を見ると、私のスーツには彼の足跡がしっかり残っていました。 「な、凪さん!大丈夫ですか!?」 「あ、ああ。転んだだけだよ」 土を払って立ち上がると、私を蹴ってきた青年の方に向き直ります。見たところ、瑞葵ちゃんの同級生かな?・・・そう言えばかなり前に、桃宮ちゃんが言ってたな。『瑞葵ちゃんが学年一レベルのイケメンに告白されたけど泣きながらごめんなさいした』件。もしかして彼がそのイケメンなのかも。 「瑞葵ちゃん、彼は同級生?」 「はい、中学の時ですけど。それより凪さん、スーツが汚れちゃってます」 瑞葵ちゃんがハンカチを出して汚れを拭きとろうとしてくれますが、私は手でそれを制止しました。そんな私たちの様子を見て、イケメン君は不満そうです。 「お前、鈴白さんの何なんだ」 何なんだと言われても・・・一言で説明するの難しいな、この関係。私がちらっと瑞葵ちゃんの目を見ると、瑞葵ちゃんも視線だけこっちに向けてアイコンタクトを成立させてきます。 「「恋人」」 綺麗にハモりながら、私の右手と瑞葵ちゃんの左手が♡マークを作ります。大体何考えてるか分かるって言ってたの嘘じゃないなぁ。打ち合わせもしてないのにこんなに綺麗に嘘が決まる事ある? 「こ、恋人!?そんな、僕の告白は断られたのに・・・こんなの何かの間違いだ!おいお前、大人しく身を引け!お前みたいな軟弱そうな奴が鈴白さんを守れるわけがない。僕の方がふさわしい!」 軟弱・・・まあ否定はしませんが。感情的になってるみたいだし、どう返そうかな、と思っていると瑞葵ちゃんが前に出ました。 「私を守るって言うなら、私よりは強くないとダメですね?腕相撲で勝負しましょう」 何か大事になってきました。瑞葵ちゃんとイケメンが腕相撲対決をする事になり、イケメンの後ろには男子の列。どうやら瑞葵ちゃんに腕相撲で勝てば恋人になれるという間違った噂が爆速で広まったようです。瑞葵ちゃんは台につき、ファーの中に手を突っ込んで手を温めてほぐしている様子。 「凪さん、私頑張りますね!」 「う、うん」 大丈夫かなと思ってみていると、いつしか隣に向日葵ちゃんが来ていました。 「あ、向日葵ちゃん。今までどこに?」 「小学生時代の友達と話してました。私中学と高校この町じゃないんで。・・・早渚さん、これ惨劇が起きますよ」 惨劇?どういう事だろう。詳しく聞こうとした私でしたが、ダァンという轟音が辺りに響きました。見ると、イケメン君が台の横に転がっています。・・・今の、まさか決着の音? 「瑞葵の腕力、ご存じでしょう。たとえプロレスラーだって勝てませんよ」 健闘する事さえ許されず、小柄な瑞葵ちゃんに次々となぎ倒される男子たち。八百長を疑いたくなる光景です。 「凪さん、ちょっと暑くなってきちゃいました。ショール持っててもらえますか?」 「あ、うん」 「はい、次の方どうぞ!」 腕力強いって思ってたけど、ここまでかぁ・・・押し倒されないように気を付けておこう。最終的に男子は全滅しましたが、中には瑞葵ちゃんの手を握れた事だけで嬉しそうにしてる人もいたので、多分仕返しにくる人はいないでしょう。腕相撲大会が終わると、瑞葵ちゃんはまだ手を押さえてうずくまっているイケメン君に近寄っていきました。 「鈴白さん・・・くっ」 「残念でしたね。私の事は諦めてください。・・・それと」 瑞葵ちゃんは一拍置いて、声を低くしました。 「凪さんに謝って。あとスーツのクリーニング代出して」 ちょっと離れてた私でも分かるくらいすごい威圧感。イケメン君は可哀そうなくらい震えながら私の前まで走ってきて、すみませんでしたと繰り返しながら私の手に五千円札を握らせて逃げて行ってしまいました。 「凪さん、お待たせしました。ショールありがとうございました」 「アッハイ」 「早渚さん、こんな妹ですけど可愛がってあげてくださいね」 私、瑞葵ちゃんを怒らせたらあの視線と腕力の犠牲になるんだな・・・。肝に銘じておこう。