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出会いは摩天楼を背景に
ニューヨーク 「すまないね。待たせたようだね」 初老のスーツを着た男が、公園のベンチに座っている男に歩み寄りながら言葉をかける。 ベンチに座っているのは、髭を生やした、中年の引き締まった体つきの男だ。 一見優男風だが、眼光は鋭く、荒事に関わっているように見える。 軍人?いや、軍人にしては服の着こなしがラフだ。 マフィアにも見えない。 では傭兵だろうか。 「いや、もとから早く来たんだ。 ここは景色が良いし、いろんな奴が来るからな。人間観察には最高だ。」 人間観察。公園に似つかわしくない男たちがいたらしい。 「ああ。すまない。いろいろ心配性な友人がいるんだ」 初老の男が手を振ると、離れた場所でたたずんでいた数人の人影がすっと動いた。 「さて、お友達は本来のお仕事に戻ってもらった。 早速だが……、これは、実は私の”仕事”ではないな。 年よりの悩み相談とでも思ってくれ。 この娘についてだ」 そこで、男は一枚の写真を取り出した。 「この娘が、どの国の出かわかるかね」 そこには、金髪をポニーテールにして、軍服を着た少女が映っている。 ここは移民の国アメリカ。雑多な人種が集まり、血もまじりあっているのだが。 「金髪、碧眼と、体格、一見すると典型的なアメリカ娘に見えるが……」 そこまで言って、傭兵は、まじまじと写真を見つめる。 「こりゃ、日本人の血が混じっているな。 丸くて小さな顔、 低めの鼻梁。 平面な顔立ち。 小さな耳。 たれ目気味。 肌もよくみりゃこのきめ細かさと白さは、白人じゃない。 日本人の、北の方の血か。 いいとこどりか」 「わかるかね」 なぜか初老の男は、傭兵の言葉に自慢げにうなずく 「白人からみりゃ、アジア人は全員同じ顔なんだろうがな。 俺たちは国ごとの違いはおろか、その国のどこの出かもわかるもんだ。 それで、この娘がどう、仕事とかかわる?」 女性の好みを言い合うために呼び出されたのではあるまい。 「頼みたいことは、その娘の、護衛、教育、というかお守りだろうか」 依頼としても、かなりの厄介ごとだとは認識しているのだろう。 歯切れ悪げに言葉をつづける。 「この娘には、厄介な血が複雑に混じっているうえに、立場も微妙だ。 見ての通り、軍に所属、それも将校として一隊を率いることになるらしい」 「隊長さんか。若い娘は珍しいが、将校ならだれもが通る道だな。 新任少尉のお守りね。古参の軍曹の仕事だろ」 「彼女をトップに据えたくはないんだ。何かあったときに首を切るわけにもいかない」 首を切る、その言葉に、傭兵はかすかに反応した。 「生贄役を用意してやろうってか。過保護なことだ。 この娘とあんたとの関わりは何だ?実は子供だったりするのか」 傭兵の邪推に、男は首を振る。 「いや、私に、子供はいない。 私には兄がいて、結婚しているが子供はいない。 子供を作るつもりも、作ったつもりもなかったかもしれない。 兄が死んだら、その子は私の唯一の血縁だ」 そこで、男は一息ついた。 「我が国の、あの汚点となっている戦争。半世紀上前の方だ。 その戦争の時に、兄が作った子供がいた。 その時は新任の少尉だった男が、将来この国最高の権力を握るなどと、誰も思わなかっただろうがな。 」 最高権力者が、元海兵隊の将校だった話は、傭兵も聞き及んでいた。 「年が合わんぞ。あの当時は、あんたはキンダーガーデンで、俺は生まれてもいない。 親父が掃海艇でメコンの風を受けていたころだ」 「孫なんだよ。あの堅物な兄が、何を狂ったのか、違法な越境作戦の任務中に運命の出会いをしてしまったらしい」 「なんだ?お姫様と吊り橋でも渡ったか?」 傭兵の軽口に、図星を突かれたような顔を向けてくる。 「さっきも言ったように、アジア人同士は区別がつく。 俺はその辺は”学校”でも専攻だったからな。 彼女のアジアの血は、日本だけじゃないな? それに、あの戦場の国でもない。」 傭兵は、先ほどの写真を見ての推測を、男に語る。 ある程度、的を得ていたらしい。 「そうか、君は、日本の一般大学の出だったな。大学では民族学が専攻だったか。 それなのに、生え抜きの士官学校出の士官よりも士官らしい。」 「ふん……、それで」 傭兵は、つまらんことを言ったといわんばかりに、鼻を鳴らし、ずれかけた話を元に戻す。 「お察しの通り、地位も立場もあるやんごとなきお嬢様だったわけだ。 一緒に吊り橋を渡った相手は。 比喩じゃなくて、その橋は焼け落ちたが、二人も燃え上がったということだ。 子どもができたのに気付かず、兄は帰国したがな」 傭兵は手元の資料を見る。写真は、孫ということだが、非常に若く見える。 「生まれたのは女の子だった。無事生きながらえたその娘は現地で育ったのだが、その娘が見染めたのがね」 「俺の国のお偉いさんってとこか。 どいつもこいつも。 お偉いさんは、隠し子の一人や二人は必ず持ってるっていうのかよ。 名乗りでればいいんじゃないのか?」 「兄はそもそもこの娘のことを知らない。 彼女も祖父のことまでは知らないだろうな。 今更、祖父だ孫娘だと名乗りあうには、お互い立場が違いすぎる。」 男は、傭兵の言葉に首を振ってこたえる。 「それで、同じ日本人の俺にお守りを任せようというのか。 お偉いさんというのは、無責任なもんだ!!」 「そう言われても仕方ないか。ただ、君も十分お偉いさんの出、ではないかな。 大尉。いや、海将閣下令息どの。」 初老の男の言葉に、傭兵は拳を握りしめて向き直る。 「海将の息子でありながら、一般大学に進学し民族学を専攻、卒業後、こともあろうに陸軍に2等兵として入隊。 その後、将校選抜を受けて大尉まで成り上がると」 「けっ、海軍一家の出来損ないが陸軍に縛りついていただけさ。 それで、そのお姫様の孫娘とやらはなんだ。 この年で少尉?おかしくないか? 同じ日本人の目はごまかされんぞ。 この娘は見た目通りの年だ」 写真に写る少女は、大尉の目には日本のハイスクールの生徒とさほど変わらなく見える。 「いわゆる、天才というやつだよ。頭も、運動能力も、センスもね。 飛び級で大学もとっくに出ている。 若すぎる少尉はどうかと思うが、彼女が生まれ育った国は優秀な者を遊ばせる余裕がないんだ。 彼女は祖国でも役目があるからね。 」 「もったいない話だな。 それで、その優秀で、大事なお姫様のお守りを俺なんかに任せてよいのか。 吊り橋はこの世にいくらでもあるぞ。」 まったくその気はないながら、軽口をたたく大尉。 「君が誠実な男なのはよくわかっている。 もっとも、彼女が望むのならば、本当に日本人になってもらってもよいが。 将来の、大臣閣下が身内になるのは、悪いことではないからね」 「ふん、馬鹿を言うな」 お互い本気ではなかったので、軽く流して、初老の男が時計を見る。 「さて、そろそろ、時間だな。 紹介しよう。 ブロント少尉だ」 公園に入ってきた、金髪をポニーテールにして軍服をきた少女が、ニューヨークの摩天楼を背後に敬礼した。