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姫と盗賊・女王と
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「セリーちゃん、一人になったのに、あんな明るく……」 露店で食べ物を買う、幼い少女を見て、中年の男が顔を曇らせる。 彼は、うだつの上がらない盗賊だ。 盗賊ギルド、と言っても新聞社に偽装しているのだが、さほど器用ではなく、腕っぷしもいまいち、 頭の出来もそこそこ、とあまり盗賊に向いていない中年だ。 ギルドの幹部というわけではなく、生真面目だけが取り柄なので、下町の地回り等を任されている。 そんな彼が、気にかけている少女。 元は、大きな貴族に仕えていたという、母親とその娘、疲れた果てたような美貌の母親と、 対照的に向日葵のような笑顔が可愛らしい幼い少女だ。 彼女達母娘が下町の安いぼろ部屋に越してきたのが数年前。 中年盗賊、チャーリー・ウッドは、地回りとして彼女達が気になっていた。 うだつの上がらない盗賊の懐など、大したものではないが、時には様子を見て出入りの店からもらった品などを分け与えていた。 母娘二人で、コツコツ地道に生活していたようだが、母親は体を病んでいたらしい。 天に召されたのが数週間前。 大家やチャーリーが、葬儀を手伝ったのだが・・・・・。 手先が器用で頭も並外れてよかった娘のセリーは、元気に生活しているようだが。 いかに大人びていても、まだ幼い少女が、そんなに簡単に、母の死を乗り越えられるわけがない。 (だが、俺に何ができる・・・・・) うだつの上がらない地回りヤクザとして生きて十数年、いつ命を落とすか、投獄されてもおかしくない立場。 今更、堅気に戻っても……。 (人様に何かできる) チャーリーの顔は、セリーが向日葵の顔の下に隠した泣き顔とよく似ていた。、 そんなある日、向日葵が段々としおれていく様子をただ見ていたチャーリー。 「キャー!!」 セリーの悲鳴が路地裏に響き渡る。 「何をしている!!」 セリーの手をつかんでいるチンピラどもを大声で制止するチャーリー。 「んだおめ~。人様のしのぎを邪魔するかよ」 「すっこんでろよ。おっさん!!」 質の悪い、それこそチャーリーや同じギルドの盗賊たちよりも悪そうな連中だ。 チャーリーたちの盗賊ギルドは、まだ下町すべてに勢力を持っているとはいいがたい。 「おめー、たしか文屋(新聞社)の地回りだろ。うだつのあがらね~よ」 「おれたちゃ、おえらいさんの仕事で動いてるんだ。邪魔すんな」 チンピラどもが、嘲り笑う。 「こいつが、俺らにでかい金借りてんのも知らなかったんだろ。切れもんの地回りさんよ」 ひそかにセリーは母親の薬を調達していたらしい。見落としていた。 「それともなんだよ。文屋は俺らと戦争始めようってか。買ってやるぜ」 奴らは、新聞社の縄張りを犯す目的でもちょっかいを掛けてきたらしい。 「おっ、おれは……」 地回り失格と言われてもしょうがない。 「それとも、こりゃあ、ギルドとはかんけーねーっていうか?」 これ以上、ギルドに迷惑をかけるのか。 「この娘とは、何の関係もねーんだろ。そうだろ?」 せせら笑いを浮かべながら続けるチンピラども。 「おじさま……」 少女のすがるような、拒絶するような顔を見たとき。 『幸運は人の縁なり』 「おれは、俺は!!その子の父親になる!! 俺が父親になる。 その子を娘にする!! 」 チャーリーは、決意と共に短刀を抜いた。 「ちっ……」 チャーリーの気迫に押されたのか、チンピラがセリーの手を離す。 「おじさま!!」 駆け寄ってくるセリーを、チャーリーはしっかりと抱きしめた。 向日葵のような香りがした。 数日後。二人は生活用品を購入するために市場に来ていた。 少女と二人で暮らすにはいろいろと足りない物も出てくるものだ。 チャーリーは堅気の仕事を探してもいる。 ギルドマスターでもある編集長は、苦笑しながらもどこか安心したような表情をしていた。 大量の荷物を抱えて、チャーリーは広場に戻ってきた。 セリーが先に待っているはずなのだが。 「セリーちゃん?」 ……。 いない……。 「セリーちゃん!!」 「おじさまに、一言挨拶を!!」 「なりませぬ。セリーヌ姫!!あなた様は高貴なる身の上!!彼とは生まれからして違うのです!!」 豪華な馬車の中で、向日葵は涙のしずくに濡れた。 セリー・・・・・・。 セリーヌ・・・・・・。 ……陛下……。 「セリーヌ陛下?」 若き女王は、近習の声に、古き思い出から我に返った。 うたたねしていたらしい。 (あの時は、黙って去って申し訳なかったな……) 「ブラザー(修道士)ウッド様が、いらしました」 『縁を保てることは 幸せなり』 あの時セリーも聞いた声が、再度響いた気がした。