1 / 4
夕焼けの鎮魂
凄惨な戦闘が行われた後の野戦墓地 夕焼けに照らされた簡素な墓標が並ぶ平原に、幸運神の名による、戦死者への鎮魂の祈りが響き渡る。 『O Felix Dea, quae vias omnium regis, hic adstamus coram iis qui nunc in umbris latent. Dona illis iter novum, lucem in tenebris, fortunam in pace. Sit eorum animis quietus cursus, neque errent in vastitate. Meminisse eos iubeamus cum gratia, et nos ipsos moneamus: fortuna omnibus venit et abit.』 (「幸運の女神よ、すべての道を導く方よ。 ここに、今は影の中に眠る者たちの前に立ちます。 彼らに新たな旅路を、暗闇に光を、安らぎの中に幸運をお与えください。 その魂が静かなる道を進み、混迷の中で迷わぬように。 彼らを感謝と共に思い出し、私たち自身も心に刻みます。 幸運は誰にでも訪れ、また去るものだと。) 清楚な白い修道服に身を包んだ、狐耳の巫女が一心に祈っている。 普段の、陽気で人懐っこい表情は成りを潜め、真摯に戦死者に対して祈り捧げる。 祈りが一段落したところで、騒ぎが起こった。 「ファラリアのダークプリースト!!」 「暗黒神の巫女だ!!」 墓地に入ってきた、黒い修道服に身を包んだハーフエルフの巫女。 公とされることは少ないので、それが正装かはわからないが、一目で普通の神に仕える神官ではないとわかる。 真っ黒な修道服に、簡素だけど繊細な彫刻が施された聖印。 それぞれの宗派の神官に従っていた信徒たちが武器を構える中。 「勇者の御霊の前で、諍いは許さん!!」 オークの戦巫女がハーフエルフを守るように武器も無しに進み出た。 「食事も、戦争も、平和も、そして死もすべては隣り合ったものだよ。今は戦死者に祈るときだね」 続いて、緑髪のドワーフの美食の巫女が傍に並ぶ。 「兄姉の旦那方。人間過去はともかく、今や未来はいろいろと変わるもんでさあ。彼女は今、死者のために祈ろうとしてますぜ」 中年の盗賊らしい装備の上に、いまいち大げさな神官衣装をまとった幸運神の神官も剽げた態度で滑るように現れた。 そして最後に。 「彼女は邪悪ではありません。神にお尋ねしなくてもそれは解ります」 豪奢な巻き毛の、赤いメガネをかけた、至高神ファリアの女性神官が厳かに告げた。 人々が道を開ける中、暗黒神ファラリアのプリーストは、幸運神の巫女、ダキニラの横に並ぶ。 リリスは、ダキニラに頷くと、戦死者に対する祈りをささげ始めた。 『Hei, Flària, tu quae liberos animos spectas, da oculos tuos huc. Hic iacent qui vitam suam posuerunt, boni, mali, quid refert? Fac ut iter suum agant sine catenis ullis. Sit pax, aut chaos si ita volunt. Numquam hic morientium obliviscaris. Audi eos.』 (「おい、ファラリア様。あんたは自由な心を見るんだろ? だったら、ここを見ろよ。 ここに眠るのは、命を賭けた奴らだ。良かろうが悪かろうが、そんなの関係ない。 鎖なんていらないから、あいつらが自分の道を進めるようにしてやれよ。 平和でもいい、混沌でもいい、望むならな。 ここで死んだ奴らを絶対忘れるなよ。ちゃんとその声を聞いてやれ。」) 夕焼けに照らされた墓地の中、リリスの、少しかすれた、低く伸びのある祝詞の響きが、厳かに染み渡った。