深き森の魔法使い
やがて鬱蒼と茂った森の一角に、ひっそり佇む古い屋敷が姿を現した。 藍色の瓦板岩(スレート)で葺かれた勾配のある鱗状の屋根。煉瓦を薄墨色の漆喰で塗り固めた壁面はいっぱいの木蔦で覆われ、深緑の星を散らしたように美しい紋様を描いている。 傍らには柵で囲われた小さな菜園が設えられており、得体の知れない様々な植物が無秩序に繁茂していた。 木製の扉に備え付けられた真鍮製のノッカーは、少年の背丈では届かない場所にある。拳を作りドアを叩くと、低くくぐもった音がした。屋敷の中から反応はない。つや消しされた黒鉄の把手に手をかける。 「爺さん、いるんだろ?」 重く分厚い扉を音もなく押し開けると、空気に乗って溢れだすのは古びた紙と乾いた薬草の燻んだ匂い。 人気のない廊下に、こつこつと床を踏む音が小さく響く。書斎へと通じる扉の隙間からは、淡く明滅する飴色の灯りが洩れていた。