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秘密の校庭
冬の澄み切った空気の中、朝陽が昇るにつれて、校庭にある小さな木々の枝先が光をまとい始めた。氷柱や霧氷が透明な輝きを放ち、まるで自然が織りなす宝石のようだった。紫峰怜花は眺めていたその光景に、つい足を止めた。思わず息を飲む美しさに心を奪われていると、 「美しいですよね、霧氷って。」 声の主を探すと、生徒の狭霧華蓮が、木々を指さしていた。その横顔は朝陽に照らされて輝いているようで、怜花は一瞬、言葉を失った。 「霧氷ができる条件ってご存じですか?」 華蓮はふっと微笑み、まるで独り言のように語り始めた。 「気温が氷点下に達して、なおかつ湿度が高いと、木々の表面に霧が凍りつくんです。水蒸気が直接凍る昇華という現象が起きて、この繊細な結晶ができるんですよ。」 理路整然としたその説明に、怜花はふむと頷きながら耳を傾けた 「でも、ただの物理現象と片付けてしまうのは、少し寂しい気もします。この霧氷の輝きは、自然が私たちに与える贈り物みたいなものだと思うんです。」 「贈り物?」 「はい。この透明な輝きって、日常の忙しさの中で忘れてしまう『静けさ』とか『無垢』を思い出させてくれる気がして。例えば、詩人だったら、この現象を『凍った時間の涙』とか表現するかもしれませんね。」 ・・でも、私だったら『木がインスタ映えを狙って霜でフェイスパックをしてる途中』とかかな?」 怜花は思わず吹き出した。「確かに、朝陽に照らされて美容効果が倍増してるみたいね。」 その自由な発想に、怜花は思わず笑いながら感心した。華蓮は冷静で理知的な生徒と思っていたが、その柔らかな感性に触れ、怜花は教師としての視点を超えて彼女を観察していた。 「華蓮さんって、自然をよく見ているのね。」 「見ているというより…気づいてしまうんです。こういう景色ってすぐ消えてしまうでしょう?今日の霧氷も陽が昇れば溶けてしまう。」 その儚さに触れるような言葉に、怜花は静かに頷いた。「でも、こうして眺めていると、忘れていた感情を思い出せる気がするわ。」 「先生もそう感じますか?自然って何も語らないのに、こんなにメッセージをくれるの、不思議ですよね。」 怜花は微笑み、寒さを忘れるような温かさが胸に広がるのを感じた。 二人の笑い声が冬の澄んだ空気に溶け込み、朝陽とともに校庭に小さな温もりを灯した。