秘密の天体観測

放課後、紫峰怜花は屋上へ続く階段を上がっていた。生徒の忘れ物を届けた帰り道、扉の隙間から冷たい風が吹き込んできた。その風に誘われるように扉を開けると、そこには狭霧華蓮の姿があった。雪の残る屋上に望遠鏡を設置し、冬の星座を眺めている。 「狭霧さん？　こんな寒い中で何してるの？」 驚きながら声をかけると、華蓮はゆっくりと振り返り、穏やかな笑みを見せた。 「先生、星を見てみませんか？ 今日は冬の星座がきれいなんです。」 怜花は勧められるまま望遠鏡を覗いた。澄み切った冬の夜空には、オリオン座とそのそばの小さなプレイアデス星団が輝いている。その光景に息をのむ。 「きれい……。でも、どうして星を？」 「冬の星座は、私にとって特別なんです。」華蓮は空を見上げながら続けた。「子どもの頃、父とよく星を見に行きました。物理学者の父は星に情熱を注いでいて……オリオン座の話を教えてくれたんです。」 「オリオンの話？」 「はい。ギリシャ神話で、オリオンがプレイアデスに恋をして追いかけ続ける話です。プレイアデスは逃げるため星になり、オリオンもまた星になりました。今でも空で彼らが追いかけっこをしているように見える……って。」 華蓮は微笑むが、どこか懐かしさを含んでいた。 「素敵な話ね。でも、どうして特別なの？」 「父がオリオンみたいだったんです。」 「父の溺愛はしつこいほどで、どこへ行くにもついてきました。『お前は私のプレイアデスだ』なんて言われて……正直、少し怖かったんです。」 「それで？」 「困らせようと思ったんです。だから言いました。『私、スターになる！』って。」 「スターに？」 「そうです。星座になっちゃえば天に逃げられると思ったんです。」 華蓮の肩が小さく震え、微かに笑い声が漏れる。「でも父には通じなくて、『お前がスターになるなら、プロデューサーは私だ！』と大喜び。ピアノやバイオリンまで習わされて、ほんと大変でした。」 怜花は吹き出しそうになるのをこらえた。「それで、どうしたの？」 「途中で全部やめました。『やっぱり私には星空が似合う』って言ったら、父もやっと諦めてくれて。その後は、父と星を眺める時間が増えたんです。私のペースで。」 華蓮は遠くを見つめながら微笑む。その横顔にはどこか誇らしさがあった。怜花はその姿に心が温かくなるのを感じた。 「狭霧さん、あなたって本当に面白いわね。」 「先生も星を見るのが好きになったら嬉しいです。」 澄んだ空気に二人の声が溶けていく。怜花は冬の星空を見上げながら、人と人とのつながりもまた星座のように複雑で美しいものだと感じた。