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金剛院邸で夕食を
今日は晶さんが夕食に招待してくれました。私と玄葉の二人が、お隣の金剛院邸にほいほいと出向くと、早速客間に通してくれました。大食堂での食事は緊張するだろうからとの事で、客間の方に料理を用意してくれるそうです。現在、厨房では桜一文字さんが腕を振るっているのでしょう。そんな中、私は夕焼けの見える客間のバルコニーで晶さんと会話を楽しんでいました。 「このお屋敷ってシェフの方は雇われないんですか?前に桜一文字さんの一日に密着させてもらった時も、お見掛けしませんでしたけど」 「ええ、シェフは雇っておりませんわ。もちろん雇おうと思えばできますけれど、そうなればシェフは誰の分まで料理を作るかの問題が発生しますの。わたくしの分だけとなれば、使用人の手前ひとりだけ豪勢な食事をする事になりますし、かといって使用人全員分の料理をシェフが作るとなればその負担は相当なものです。ですので、うちではメイドが数グループの当番制で食事を作っておりますわ。わたくしももちろん同じものをいただきます」 「晶さんだけ豪華な食事っていうのは良くない事なんですか?」 「『雇い主であるから使用人より良いものを食するべき』と考える方もおりますし、そうしている方々を否定するわけではありませんが、わたくしは使用人と出来るだけ同じ水準の生活をするようにしたいと思っています。もちろん金剛院グループの顔として振る舞わなければならない時は、世間体があるのでその限りではありませんけれどもね。普段から一人だけ特別な事を強調するかのようにしていると、知らずの内に反感を買いやすそうでしょう?」 晶さん、優しい人なんだなぁ。要するになるべく使用人の人たちと近い距離間でいたいという事でしょう。だからここの使用人の人たちは、所作はちゃんとしているけど柔らかい雰囲気を醸し出しているのかも知れません。変に緊張せずに働けているというか。 そんな風に感心していると、玄葉がちらちらと晶さんを見ている事に気づきました。どうしたんだろう、何か晶さんに言いたい事でもあるのかな?晶さんもその視線に気づいたようです。 「あら、玄葉さん。おかまいもせず申し訳ありませんでした。よろしければこちらへいらして?今日は風が涼しくて気持ちが良いですわよ」 「あっ、い、いえその。こ、ここで大丈夫です」 「ふふ、ではわたくしがそちらへ参りましょう」 晶さんが玄葉の傍に歩み寄ります。玄葉は晶さんより一つ年下なだけだけど、対人コミュニケーションスキルが雲泥の差すぎて完全に玄葉はのまれてしまっています。 「玄葉、何か晶さんに話がありそうな顔してたけど、もし私がいると話しにくいなら一回席を外そうか?」 「い、いい!二人きりにされると余計に頭が変になりそうだから!」 ん、頭が変になりそう?人見知りのせいで間が持たないとかならともかく、何を混乱する事があるのでしょう。 「あら、わたくしにどこかおかしなところがありましたか?」 「あっ、金剛院さんが変って意味じゃなくて!そ、その、私の問題なんですけど。あの・・・金剛院さんと私ってほとんど喋ったことないじゃないですか」 玄葉の言う通り、晶さんと玄葉の接点はほとんどありません。うちに晶さんが来た時に少し話してるくらいか。宿城の一件の最初の時に晶さんの体を洗ったりもしてるけど、あの時晶さん泥酔してたからな。 「ええ、ですので今日は一緒にお食事をして親睦を深めましょうね」 「は、はい。あっ、じゃなくて、いや親睦も深めますけど、私なんだか金剛院さんの事を良く知ってる感じがしてて」 「玄葉、落ち着いて順序だてて喋っていいよ。はい、深呼吸してー」 私が玄葉の背中をさすると、玄葉は素直に深呼吸して持ち直そうとします。それから、ゆっくりと話し始めました。 「私、金剛院さんとほとんど喋った事がないのに、あの『少女A』ってゲームをやったせいなのか、金剛院さんの事を良く知ってるような感覚に陥ってしまってまして。あのゲームやってから改めて会ったら、あれだけゲームの中で仲良くなった『アキラ』さんが現実に目の前にいるっていうような、不思議な感じなんです。だからつい距離感バグったような言動をとってしまいそうで逆に緊張しちゃってるっていうか、うっかり身内ノリで甘えちゃいそうになるといいますか、そんな感じで・・・」 あー、そう言えばあのゲーム、玄葉にディスク貸してあげてましたね。ちゃんとプレイしてたんだ、律儀な子だな。晶さんの方はと言えば、じーっと玄葉の事を見ています。心なしか嬉しそうというか、興奮してる?頬が上気してるように見えます。 「さ、早渚さん。あなたちょっとずるいですわ?こんなに可愛らしい妹さんと二人暮らししてるだなんて」 「え」 何か話が変な方向に転がりだした気がするぞ。 「わたくしを萌え死にさせるおつもりなのかしら?だって可愛いが過ぎるのではありませんこと?御覧になって。早渚さんと兄妹であるからこそのどことなく似た面影。守ってあげたくなるような小動物的振る舞い。わたくしと仲良くしたいのに失礼かもしれないと慎む謙虚さ。わたくし、このような妹がいたらどんなによかったでしょう・・・!」 「あ、晶さん!?何か変なスイッチ入ってませんか?」 「こ、金剛院さん・・・?」 「ああ、そのような他人行儀な!わたくしの事は『お姉』と呼んでかまいませんのよ!」 がしっと晶さんが玄葉の手を掴みました。あ、これ変なスイッチ入ってるな。何か玄葉が晶さんのツボにはまったらしい。 「お、落ち着いてください金剛院さ」 「お姉!」 「お、お姉!」 「はぅ・・・!ああもう、なんて可愛いのかしら玄葉さん!早渚さん、わたくしと結婚していただけません?」 何かとんでもない変化球でプロポーズされた! 「駄目ですよ!晶さんそれ単純に玄葉を義妹にしたいだけでしょう!一回落ち着いて下さい」 「わたくしは落ち着いていますわ、ええとても。ああ、そうですわ!わたくし早渚さんのおうちの子になりましょう!そうすれば早渚さんはわたくしのお兄様ですし、玄葉さんはわたくしの妹ですわ!」 「お兄なんとかして!?金剛院さんのこんな一面、私知らないんだけど!」 私だって知らないよ!初めて見るもんこんな晶さん! 「へ~い、早渚さん、玄葉さん、お嬢様~。お料理お持ちしましたよっと」 「た、助けて桜一文字さん!金剛院さんがおかしくなっちゃったんです!」 桜一文字さんが料理を持って現れたので、玄葉がそちらに駆け寄ります。晶さんはそれを見てふくれっ面です。 「桜一文字!あなた玄葉さんをわたくしから奪うつもりですわね、この泥棒猫!」 「お嬢様、まーたポンになってらぁ。今度は何したんです、早渚さん」 「いや、私に原因は無いんだけど」 その後、なんとか晶さんは元のテンションに戻りました。とりあえず、玄葉と晶さんも今後仲良くやっていけそうで良かった。そう思う事にしておきます。