【掌篇】魔術の師匠 5
天に球体が鳴動している。ひとつ蠢くたび、空気に人知を超えた波動が伝播していく。あまりにも濃い神の密度の高さに、魔術を知らぬ無知な人間ですら、空に描かれる波紋を、法陣を、その図画を見て取った。 あれは神だ。そうでもなければ、説明がつかない。あれから感じる畏怖を、震える己の膝を、そして目の前の光景を。 先程まで10万の武装した軍勢が、鬨の声をあげていたのだ。 戦いの舞台となったのは、高低差の少ない開けた平原だった。そういう場所でもなければ10万の軍勢は立ち並ぶことは出来なかっただろうが、一方でなぜ彼の少女がその場所で待ち受けることを決めたのか、我々にはわからなかった。わかっていなかった。 その答えは、開戦が告げられて10秒で示された。今俺の目の前に広がる光景。10万の人の塊が、命を失い、形を失い、潰れて広がる様を。 体に収まらなくなりこぼれた血液が、洪水となって大地を赤く濡らしている。きっとこの土地には100年、200年経っても植物は育つまい。 少女が手を掲げた、その瞬間だった。頭上に鳴動するあの球体がぎゅんと音を立てて躍動し、次の瞬間には10万人が全て倒れ、潰れ、死んでいったのだ。 触れられることすらなく。 人々がおのずから頭を垂れ、体を潰して神に謝罪をしているかのように見えた。 我々は、手を出してはならぬものに手を出してしまったのだ。 突如地続きになった2つの世界。未知の文化、未知の技術、未知の人種。ただでさえ戦争の尽きぬこの地球に、新たな火種が舞い込んできたのだ。 両者がすれ違い、摩擦を生み、火がつくまでにかかったのはほんの数年だった。 近代兵器が有意を保っていられたのは、ほんの数日だった。 何が違ったのか、など語るまでもない。我々には存在の証明が出来なかった神が、彼の世界の者たちにとっては身近で当たり前のものだった、というそれだけのことだ。 存在のスケールが違いすぎたのだ。最終的にエルフたちと人類の戦力差は、巨象と蟻の例えですら傲慢と言えるほどに開いてしまった。 戦いは終わった。 人類の歴史も、ここで終わるのだろう。かつてネアンデルタール人が滅んだように。 あえて卑近な言い方をしよう。人類は、喧嘩する相手を間違えたのだ。 西暦20**年**月**日