コーギーと柴犬:時を超える同盟の記録
日英同盟の成立は、20世紀初頭の国際政治において重要な転換点となった出来事であることは言うまでもない。当時、大英帝国と大日本帝国は、アジアにおける覇権を巡ってしのぎを削っていた。しかし、両国は利害の一致を見出し、同盟関係を結ぶに至ったのである。 日英同盟の締結に際して、両国の外交官たちは、友好の証として特別な贈り物を交換したことで知られている。大英帝国側は、ヴィクトリア女王が愛したコーギー犬の子孫を、大日本帝国側は、天皇家ゆかりの柴犬の血統を贈呈したのである。 コーギー犬を日本に持ち込んだのは、外務大臣の小村寿太郎である。小村は、イギリスとの同盟交渉の最中に、ランドシーア伯爵邸を訪れた際に、そこで飼われていたコーギー犬に一目惚れしたと言われている。一方、柴犬をイギリスに贈ったのは、駐英公使の加藤高明である。加藤は、アーサー・ベルフォア外相との会談の席上、日本の天皇家で長年飼われてきた柴犬の血統書を手渡したという。 こうした「犬の外交」は、両国の友好関係を象徴するエピソードとして、当時の新聞でも大きく取り上げられた。ロンドンタイムズ紙は、「日英同盟は、コーギーと柴犬の絆で結ばれた」と報じ、東京日日新聞は、「犬種の交換は、日英両国の永遠の友好を示す証左である」と論評したのである。 日英同盟が結ばれてから間もなく、両国の友好関係は更に深まりを見せた。イギリス王室では、日本から贈られた柴犬が、愛玩犬として大切に育てられた。ある日、その柴犬が子犬を産んだことから、ヴィクトリア女王は、その子犬をアレクサンドラ王妃に贈ったという。アレクサンドラ王妃は、柴犬の愛らしさに心を奪われ、以来、柴犬はイギリス王室の人気者となったのである。 一方、日本でも、イギリスから贈られたコーギー犬が、皇族や華族の間で飼われるようになった。明治天皇の皇后である昭憲皇太后は、コーギー犬を溺愛し、御所の庭で一緒に散歩する姿が目撃されたと伝えられている。また、伊藤博文の別荘でも、コーギー犬が飼われていたことが知られている。 こうした「犬種外交」は、日英両国の友好関係を象徴するほのぼのとしたエピソードとして、長く語り継がれることとなった。コーギー犬と柴犬の交換は、両国の指導者たちの心を結びつけ、同盟関係の基礎を築いたのである。ヴィクトリア女王と明治天皇、小村寿太郎とランドシーア伯爵、加藤高明とアーサー・ベルフォアなど、当時の外交を彩った人物たちの知られざる「犬種外交」の舞台裏を、本稿では明らかにした。日英同盟という歴史の転換点に、コーギーと柴犬のほのぼのとした物語が隠されていたのである。 民明書房刊『国際関係における犬の役割』より。