透明な傘と色濃い記憶/スマホ壁紙アーカイブ
【透明な傘と色濃い記憶】 最近、透明な傘のことをよく考える。 あの、ビニールでできた安いやつだ。俺にとって傘といえば、あれなんだ。 一年前、ある女と別れた。 正確に言えば、「別れた」というより、「自然と会わなくなった」ってやつだ。 世の中には、そういう関係が思ったよりたくさんある。別れる理由も、つなぎ止める言葉もなかった。ただ、薄く消えていった。コーヒーに溶けたミルクみたいに。 最後に見た彼女は透明な傘を持っていた。 雨が降ってたかどうかは覚えていない。というか、たぶん降ってなかった。でも彼女は傘を持っていた。俺はその風景を、今でも割と鮮明に覚えてる。 それからというもの、傘を持つとき、無意識にあのタイプの傘を選ぶようになった。 俺はロマンチストでもないし、過去に執着するタイプでもない。 だけど、何かの拍子に“習慣”になってしまった記憶ってのは、簡単には消えないものだ。 たまに都市の高いところに立つ。 ネオンがぼんやりと煙に滲んでいて、空気がうっすらと冷たい。 そんなときは、例の傘を開いてみる。もちろん、雨は降ってない。 でも、開いてしまう。そういう日がある。 この前もそうだった。 ビルの屋上で傘を開いて、ただしばらく突っ立っていた。 そうしたら、不意に風が吹いて傘がちょっとだけ揺れた。 一瞬、彼女の香りが鼻をかすめた。そんな気がした。