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妖怪二つ目女
エルフの戦士は飽きたのでエルフの一般人にしてみました。 イメージ通りではないけど。。。 一部武器を持っています。 瞳に宿りし虚と真の境界 「……ちょっと待ってよ。なんでこんな草むらをかき分けなきゃいけないのよ!」 エルフの村娘、メリアナは妖精のような耳をぴんと立てながら、村のはずれに広がる森の中をぶつぶつ言いながら歩いていた。今日も彼女は貴重な資材を買いに、隣町まで遠出したのだが、思いのほか買い物が長引き、気づけば日がしっかり沈もうとしている。帰りが遅くなると、またお叱りだ。けれど面倒な遠回りよりは……と、ついつい近道の森へ足を踏み入れてしまったのである。 しかし、この森には最近、奇妙な話が流れていた。──「二つ目の女」が出没する、と。二つ目……といわれても、「二つ目」が何なのか、村の人々も実のところよく分かっていない。ただ、とにかく恐ろしい妖怪らしい。そんな噂だけがひとり歩きしており、メリアナの背筋にもかすかな不安がよぎる。 「でも夜道は嫌いじゃないのよね……だって、森の散策は冒険だよ。恋と一緒だな」 呑気にそんな口癖をつぶやきながら、メリアナは彼女らしい軽い足取りで進んでいく。暗くなりはじめた森の中、動物の足音や木々のざわめきが妙に耳を刺激する。彼女の長い銀髪が微かに揺れ、細い木漏れ日ならぬ月の光がその周囲をほんのり照らしていた。 と、不意に草むらの奥から、がさり、と音がした。 「……誰? いるなら、出てきなさいよ!」 ビクビクしながらも強がった声を上げるメリアナ。すると、緑の茂みからひょっこりと現れたのは、やけに人間じみた影。……というより、ほとんど普通の女に見える。腰まである黒髪に、薄暗がりでもはっきりとわかる整った顔立ち。だが、何かが妙に違う。メリアナは思わず後ずさった。 「うわ、出た! もしかして、あなたが噂の“二つ目の女”……?」 女は少し怪訝そうに首をかしげた。 「それ、どういう意味? なんで私が“二つ目”扱いなのよ」 「だって! ウワサでは、人ならざる存在がいて、目がふたつ……って」 「目がふたつって……普通でしょ?」 「言われてみれば、そうね……」 しげしげと相手を見るメリアナ。確かに顔にしっかり目がふたつある。……が、どこに妖怪要素が? と思いきや、ふと目線が合った瞬間、メリアナの胸がドキリと高鳴った。そこには驚くほど鮮やかで澄んだ瞳があり、まるで不思議な魔力を秘めているかのようだ。 「あの、あなた、実はすごくキレイな目をしてるわね」 思わず本音がこぼれると、女はふん、と鼻をならして笑う。 「妖怪呼ばわりされるなんて心外だわ。私はごく普通の……まあ、魔女だけどね」 「ま、魔女!? …え、その、どんな魔女なの……?」 メリアナは耳をひくりと動かし、気が進まない様子でさらなる言葉を続ける。世界各地の魔女にまつわる伝承は、村に伝えられている。何やら得体の知れない力を持ち、人を惑わしたり呪ったりする存在だというが……。だが目の前のこの女は妙にスタイルもよく、美しくすらある。 「私? 村のはずれに住むから、勝手に変な噂が広まったんでしょう。さんざん妖怪扱いされてきたの。腹立つから、手頃な村娘をひとり攫って食べてやろうかって思ってる」 「きゃー! やっぱり妖怪じゃないの!」 メリアナは思わず悲鳴をあげると、ぱっと踵を返して走り出した。コケそうになる足を何とか踏みとどめて、必死で逃げる。後ろを振り返ると、魔女がついて来る気配がある。 「待ちなさいよ! 私を妖怪呼ばわりした罪、きっちり取らせてもらうから!」 「冗談、顔だけにしろよ! こんな森の中で冗談でも人を食べるとか怖すぎる!」 息を切らしながら、メリアナは懸命に逃げ続ける。だが、森の奥深くへ迷い込むほどに道は暗く、枝や根が足に引っかかり、たびたび転びそうになる。後ろからは魔女の気配がどんどん近付いてくる。 「ねえ、ちょっと! 本気で攫われたくないなら、逃げ道教えてあげようか?」 魔女の呼び掛けに振り返ったメリアナが見たのは、神秘的でどこか寂しげな微笑みをたたえる相手の姿だった。 「な、何よそれ……一体どういうつもり?」 「質問はあと。とりあえず抱きつきなさい」 「はあ!?」 混乱するメリアナ。けれど後ろでは低く唸るような音が聞こえ始めている。振り向けば、森の奥から魔物が現れつつあるようだ。どうやら“二つ目の女”という噂の正体は、この魔女ではなく、本当に森で暴れている妖怪がいるのかもしれない。その正体がどんな姿なのか、メリアナは確かめる余裕などない。ただ、魔女が差し出した手を勢いで取ってしまった。 「……ふふ、今度は私が“食べてやる”番だね」 「きゃー! 結局は怖いんじゃない!」 「ふふ、上手く踊りなさい。風と夜闇と私たちの力を合わせれば、この森から抜けられるわ」 魔女は杖を掲げて呪文を詠唱し始めた。突然、今まで穏やかだった風が、ぐるりと周囲を包み込む。一瞬、メリアナは体が宙に浮いたような錯覚に陥る。風と共に急激に視界が流れ、樹々のざわめきと足音が渦を巻いて遠ざかっていく。 あっという間だった。気づけば、森のはずれの見覚えある街道付近に立っている。ただし魔女の姿はどこにもいない。メリアナはへたり込むように地面に座り込み、慌ただしい一夜を思い返していた。 「……助かった、のかしら? でも……あの魔女、一体、何者だったの?」 村娘の安堵と戸惑いが入り混じった声が静かな森の入り口に響く。 ところが翌日。メリアナは魔女とともに森を飛び抜けた──という話を村の人々に必死に語るも、「あの森にはただの妖怪が出るという噂しかない」「二つ目の女は妖怪だ」というばかりで取り合ってくれない。しかも「よく見たらおまえも目がふたつあるだろ」とツッコまれ、彼女は返す言葉を失った。 ……そして数日後、メリアナはふと不思議な夢を見た。あの魔女らしき人影が、深い黒髪を靡かせながら、寂しそうに笑っている。彼女は再び呪文を唱え、透明の風をまとわせた杖を掲げると、メリアナに優しく視線を投げかけた。──そこには、少しだけ温かい気配が宿っていた。 その後、メリアナがどうなったのかは誰も知らない。村の人々はいつしか彼女の姿を見かけなくなり、ただ夜になると森の奥から、遠く不思議な風の音が聞こえるのだという。あの黒髪の魔女とメリアナの行方は、暮れなずむ月明かりの下、静かに闇へと消え去った。 夜空を仰げば、群青の闇が幾重にも折り重なり、まるで尽きることのない夢のように広がっております。木立のあいだから流れ込む風は深淵の香りを秘め、まるで古の記憶を呼び起こすようにささやいています。どこまでも続く森の向こうには、静かな星の瞬きが点在し、ふたつの瞳を持つ異形の魔女と、奔放なエルフの娘の記憶を優しく包み込みます。風が流れるたび、ふたりの足跡は消えていき、ただ命の営みだけが淡々とこの世界を織り成しているのです。やがて雲はほどけ、星明かりと宵闇の境界はまるでひとつの物語の幻のように溶け込んでいきます。彼女たちが紡いだ秘密の時間は、深い闇の奥、永遠にとけ込む伝説として姿を消したのでございます。