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魔法の手紙の使い方
「まったく、何なのかしら」 ハーフエルフの魔術師が、古びた汚い部屋の中で憤っている。 「いきなり殴られて、物みたいに運ばれてこんなところに」 シルビアは白兵戦の技能こそないが、経験を積んだ冒険者だ。 一方的に抑え込まれて拉致されたことが情けなくて腹立たしいようだ。 拘束はされていないが、荷物は魔法の杖を含めて、すべて奪われている。 ドアの外には複数の見張りが要るだろうことは解っていた。 鉄格子がはまった窓は、こじ開けるには力も足りないし、器用に外そうにも道具も技術も持ってはいない。 「ふん、魔法使い(ソーサラー)が杖が無ければ何もできないと思っているのかしら」 でもその下準備として。 「こら~!!私をこんなところに閉じ込めて、ただで済むと思っているの!!出しなさい!!」 シルビアは、ものすごく甲高い大声で怒鳴り始めた。 「ゴルドン、シルビアを知らないか……」 アーゼリンが、息子であり、魔法学院の臨時体術教官でもあるゴルドンに問いかける。 「どうした母者。今日は、シルビアは一般開放の授業を受け持っていたはずだ。午前の休み時間の後見かけたが」 「昼から、資料室の調査を一緒にする予定だったのだが。現れない」 アーゼリンは著名な吟遊詩人だ。賢者の学園とも縁はあるが、どこにでも自由に出入りできるとはいかない。 もっとも、子供たちが二人そろって学園の職員なので、かなり融通が利くのは確かだが。 肝心の娘が現れないのでは、困ってしまう。 「おう、その授業ならおれも見学したぜ。シィルちゃん先生、なかなか可愛かったぜ」 とそこに、軽薄そうなレザーファッションに身を包んだエルフがやってくる。 仲間の授業風景を冷やかしに行ったらしい。趣味が悪いことだ。 「シィルちゃん、大人にも大人気だったぜ。 授業終わったら、一気にたくさん人出てきたから、つぶされたんじゃねえか。 ちっちぇーし」 軽口をたたいていたエルフ、ブロントだがそこで口調を改める。 「どうも、似合わん奴らがいたぞ。おめーら、星占いなんかに興味あるわけねーだろ、って感じのやつらだ」 本日、シルビアが担当した授業は、セージとしての知識の一環、占星術だった。 「盗賊か?」 オークであるゴルドンが、岩のような拳を握りしめながら問う。 ちなみにゴルドンも、セージの修練は積んでいるので、占星術の心得はある。 「いや、ガタイからして違う。普段から重い剣を使っている体つきだ」 それを聞いて、アーゼリンは、ふと考え込む。 王都で普段から普通の剣を持ち歩くものは少ない。 小剣や短刀なら普通に隠し持つものはいる。 衛兵や軍人ならば普通に剣は持っているが。 王軍には、アーゼリンたちは既知がある。 衛兵は、普通に市民に顔が知れ渡っているので悪さはできない。 残るは・・・・・。 「ゴルドン、ブロント。シルビアを抑えるのに何人必要だ?」 シルビアは、魔術にして熟練の冒険者だ。 白兵戦の技能はないが、実戦に即した魔法の使い方を心得ているため、並みの兵士では相手にならない。 「魔法無し剣だけで、しかもシィルちゃんを無傷で、ていうならきついな。」 場所が賢者の学園なので、魔法を使用したら簡単に察知される。 シルビアの身柄が目的ならば、傷つけるわけにはいかない。 剣も使えるが、本職は精霊使いであるブロントが答える。 「抑えるだけで、ブロント並みに素早い手練れが3人は要る」 オークの戦士、ゴルドンが答える。 「その後、無力化したシルビアを運ぶ者、周囲を攪乱し、逃亡を手助けする者。合計5,6人と見た」 「そんな連中で、顔が割れていない奴らは……」 ゴルドンとブロントの無言の問いかけに、アーゼリンは頷いた。 (国軍……) 言葉に出さなくても、それだけで通じた。 「あんたら、二人とも目立つからな ここにいてすぐに動けるようにした方がいいべ。 俺は少し離れて、街でしらべてみらあ」 何しろオークの巨体は並の人間より頭二つ以上飛びぬけているし、ダークエルフは希少な存在で、しかもアーゼリンの容貌は非常に人目を引く。 その点、普通のエルフは少数派ではあるが街に普通にいるし、エルフたちが多く住むエルフ街もあるぐらいだ。 「それが良いかもしれない。『新聞社』に頼めばつなぎがつく」 新聞社が、盗賊ギルドの符丁であることは当然ブロントも知っている。 「わかった。あんたらも気いつけてな。何かわかったらすぐ知らせるわ」 ブロントは、二人の身を形ながら案じて学園を去っていく。 「我らはシルビアの部屋を調べよう。魔法使いなら、何かの仕掛けを用意しているかもしれない」 「私のお父様は貴族よ!!女王様に私も会えるんだから!!どんなお仕置きされても知らないわよ!!」 なおも大声で叫び続けるシルビア。 「わたしに何かしたらひどいんだからね。私のお母様には女王様だって気を遣うのよ!!」 ドアの外から、嘲りの声と、失笑が聞こえてきた。 さすがにシルビアも息切れして声が小さくなっていく。 とそこで、シルビアはかすかな声で詠唱を始めた。 『我シルビア・アリスン・レインウッド・ノクトヴィンの名によって命じる。 我と契りを結びしは、ただの物にあらず。血肉を備えざりし物なれど、我との縁は汝に魂(たま)与えん。 我の求めにこたえ、縁をたどりて、この場に来たれ』 普通の魔法詠唱では使わない、やけに長ったらしい詠唱だった。 それに加えて、身振り手振りを交える、まるで歌いながら踊っているような、魔法本来の詠唱方法だ。 『アポート(物質召喚)』 自分が良く見知った物品を手元に呼び寄せる魔法だ。 魔法は杖が無ければ使用できない。 そんなわけではなかった。 杖はあくまで、呪文の詠唱を一部肩代わりさせて、魔法を簡略化、即効化するための補助具なのだ。 無杖詠唱、この技術は、詠唱の細部、文法や音程の正確さ、さらに使う本人の状態や周囲の環境に合わせての、内容を調節が求められるために、難易度がかなり高い。 しかし、これができなければ、魔法学園で導師の資格を得ることができないのだ。 はたして魔法は成功し、シルビアの手元に魔法光と共に、装飾が施された木箱が現れた。 シルビアは、箱の中にしまってあった指輪(予備の魔法の発動体)を取り出して指にはめると、 同じく箱の中に入っていた筆記具を使って、手紙を書き始める。 母親と兄と友人にあてた手紙だ。 自分の状況と、概算される位置、敵の情報等を詳細に記していく。 手紙を再び小箱の中に収めると。 『帰還』 発動体の指輪を使った詠唱は、今度は一瞬で終わった。 シルビアが踏み込んできた家族と仲間に救出されるのに、それから一刻もかからなかった。 狐耳の獣人の娘と、なぜだか、以前街道で助けた騎乗兵も加わっていた。