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魔術師・シャーマン・エンハンサー
オークの屈強な戦士が、手にした大剣を大地に突き立てて、手を組み合わせて目をつぶった。 多数のデーモンや邪悪な妖魔たちに囲まれているのにどうゆう事か。 だが、その答えは次の瞬間に明らかになった。 オークの体が青白い光に包まれたかと思うと、突き刺さった大剣を引き抜くなり、はじかれたような勢いで、敵のデーモンたちに向かって走り寄ったのだ。 その素早い動きは、巨大な身体に頑丈な分厚い板金鎧をまとっているとは思えない、あたかも、巨大な鉄球を、攻城用のカタパルトで打ち出したかのような勢いだった。 オークはその鉄球のごとく突進のまま、敵のデーモン、オークである彼よりもさらに巨大な相手に襲い掛かると、手にした大剣で一刀のもとに切って捨てた。 驚く間もないデーモンたちのすきを逃さず、すぐ隣にいたもう一体をきり伏せる。 だが、3体目は厄介だった。翼が生えている小柄なデーモンは、仲間の2体が屠られる間に、大剣の間合いから離れていた。 まだ、デーモンは10体以上残っている。 オークとデーモンは互いにその巨体を用いてぶつかり合う、乱戦へと突入した。 くっ、撃てない……。 ハーフエルフの魔術師は焦っていた。 仲間のオークは、デーモンたちと激しく乱戦を行っている。 巨体同士とは思えないほど、激しく素早く、動き回り、剣劇と魔法が飛び交っている。 オークは、白兵戦のすべを持たないハーフエルフへ側へ、デーモンたちが突出しないように素早く動き回って牽制をしつつ戦っているのだ。 彼女が信頼するオークの戦士は、体力も精神力もずばぬけている。 デーモンの剣戟を受けても耐えられるほど鎧も厚く、心身共に鍛え上げられた彼に、生半可な魔法は通用しないのだが。 どうしても、ハーフエルフをかばいながらの乱戦では、今一歩有効打が与えられないようだ。 魔術師が魔法で援護しようにも、乱戦中では射出系の強力な魔法が使えない。 オークの広い背中は、彼女をかばいながらも、魔法の斜線を防いでしまう。 このままでは……。 「シルビア。お前の兄を信じろ」 突然森に響いた、少し低いが美しい女性の声が、シルビアの耳に届いた。 『ファイヤストーム!!』 セージでもあるハーフエルフにもその言葉は解読できなかったが、なんの魔法なのかはわかった。 いずこかから、飛ぶように現れたダークエルフが、強大な炎の精霊魔法を使ったのだ。 オークの戦士を巻き込んで、デーモンたちが焼き尽くされていく。 「お、お兄様!!」 ハーフエルフの絶叫が、デーモンたちがくすぶる匂いが漂う森に響き渡る。 「すまない。来るのが遅れた。ゴルドン、悪かった。他の魔法だと間に合いそうもなかった」 「……、問題ない」 オークは、シルビアの兄は、デーモンたちが焼き崩れる中、強靭な肉体で森の大地を踏みしめたまま立っていた。 「おっ、お母様!!お兄様ごと焼き尽くすなんて!!」 淡々と告げる母に、ハーフエルフ、シルビアは詰め寄る。 「ゴルドンなら耐えられるとわかっていた」 兄の強靭さと、心の強さはシルビアも承知していたが……。 「だからって!!」 「あんずるな。我にとってこのぐらいは何ともない。我に傷を負わせられるのは、母者の魔法ぐらいだが……」 そこまで言うと、オークの体が青い光を放ち始める。 オークも、形は違えど、魔法の使い手だったのだ。 体中に負ったやけどが徐々に塞がれていく。 「シルビア。いかに強力な戦士でも、一人で無限に敵を抑えきれるわけでない。何体かお前の方に抜ける寸前だった」 「そうだったの……。ありがとう。ごめんなさい」 ハーフエルフは、いつもの調子を失い、しおらしく礼と詫びを口にした。 台座の上に置かれた水晶玉。 そこに映し出される景色を見て、何者かがつぶやいている。 ふーん、オークの戦士ゴルドンか~。 戦士にして、セージ、そしてエンハンサー。 力押しでは、並みのデーモンじゃあ、何人まとめて突っ込もうと肉壁ぐらいにしか、ならないわね。 頭もいいみたいだし。 エンハンサーとしても強力ね。身体力強化に自己再生、他にも使いそうね。 それに、あの、”彼女”の魔法に巻き込まれて生きているのにも驚きだけど、それを自前で直すなんて。 とそこで、彼女が水晶玉に映る。 だが、ダークエルフの少女に見える彼女は、何事かに気付いたのか、こちらの方を気にするようなそぶりを見せた。 おっと、危ない。彼女はとっても敏感だったけ。何もないところを睨むなんてできないはずなのにね。 褐色の聖母。無理もないわね。 そして、もう一人。 ハーフエルフの魔術師を見ようとして。 突然水晶玉の映像が掻き消えた。 「どうした?シルビア?」 突然動きが止まって虚空を眺めるような顔をした妹を、ゴルドンが気遣う。 「カウンターセンスに反応があったの」 カウンターセンス。それは逆探知の魔法である。自分を魔法的手段で覗いている者がいた場合に警告を発して、魔法を遮断、さらにその盗視者の顔を、術者の脳裏に思い浮かばせる効果がある。 シルビアの脳裏に浮かんだ相手は。 「気づかれるとはね」 少女は光を失った水晶玉を見つめながら呟く。 カンターセンスは遺失魔法であった。少女が使用していた水晶玉も高価で希少なマジックアイテムだが。 遺失魔法を使用するには、知っている物から伝授されるか、自分で開発・再現か、資料を発掘するなりするしかない。 「なかなかやるようね。可愛い叔母様」 魔王は、豪奢な王座に座りながら、幼く愛らしい顔に似合わず、妖艶に笑うのだった