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エルフの新学期~通学の様子~
新学期ロード・オブ・ザ・ランウェイ ~エルフは歩いて東京へ!?~ エルフの少女、ノーヴェルは今朝も村の門をくぐった。彼女の長い耳が朝の風を切るたび、どこか新しい季節の香りを運んでくる。世界一長いと言われる通学路。しかし、「まあ、歩けばつくよ。恋と一緒だな」などと呟きながら、あまり気にしていない様子だ。 「さて、今日は何時間かかるかな? 朝のうちに山を越えて、森を抜けて、海辺を通るってスケジュールでいいかな」 こんな調子で、ノーヴェルの旅はいつも強引にスタートする。武器があれば危険も半減なのだが、東京の学校は武器の持ち込み禁止。今朝も愛剣を置いて来たせいで、その腕には練習用のサポーターが嵌められている。 「モンスターが出るときは出るんだよね。ほんと、冗談、顔だけにしろよ……」 嘆きが口をついた瞬間、上空から蛮族系の鳥型モンスターが奇声をあげて突っ込んできた。ノーヴェルは咄嗟に身をかがめ、地面を転がると鳥モンスターに蹴りを見舞う。武器なしでも蹴り技だけは慣れたもの。とはいえ数が多い。 「くう、さすがにしつこいわね。って、あっ、グラード!!」 向こうからトコトコ歩いてくる、短髪でガッチリ体型のドワーフの少年グラード。いわゆる同級生だが、あまりウマが合わない。でもここは彼の腕力が必要なので手を振る。 「おい、グラード、あんた腕力だけは頼りになるんだから、ちょっと何とかしてよ!」 「なんだよノーヴェル、またモンスターに囲まれてるのか? 面倒くさいな」 ぶつぶつ文句を言いながらも、グラードは拳を天高く振り上げると、目の前の鳥モンスターを豪快に殴り飛ばす。そこからはほぼグラードの独壇場だ。ノーヴェルは少し安心した顔をしながらも、もはや立場が逆転しつつあるモンスターの群れをちらりと見やる。内心(いざとなればコイツをモンスターの群れに蹴り飛ばして逃げればいいか。私ひとりなら楽勝……)なんて、さらりと恐ろしいことを考えている。 しかし、そう簡単にはいかず、混戦のどさくさでノーヴェルも怪我を負ってしまう。「痛い……手首が……」なんて思っているうちに、モンスターたちは一斉に森の奥へ逃げていった。一難去ってホッと息をついたところで、グラードから何やら小突かれる。 「おい、ノーヴェル。おまえ、俺を囮にしようとしただろう」 「えっ、気のせいじゃない? たぶん、恋と一緒だな。深く考えすぎだよ」 「おまえな……」 グラードはあからさまに不満そうだが、ノーヴェルはそそくさと話題を変える。そうして、ふたりは険悪といえる空気のまま東京を目指して歩き出す。山を越えて、森を抜けたら、次は海岸沿い。ここは風の強い道で、ふたりしてゴーグルを付けたまま無言で進む。 そして日本の街中に入るころには、またモンスターが出た。今度は繁華街に見え隠れするゴブリンタイプの三体だ。通りすがりのサラリーマンが悲鳴を上げ、ノーヴェルとグラードに視線が集中する。さんざんモンスターと戦ったふたりは慣れているので、手は週一くらいで出さないと腕がなまるとばかりに素手で殴る蹴るの大混乱。周囲には「危ない!」「警察呼んでこい!」なんて声が飛び交う。 「わたしはエルフなのに、都会でも物騒だよ。恋と一緒だな、油断できないね」 「また恋と同列にするのかよ……。つーか、次のモンスターはおまえが前に出ろ!」 どうにかこうにかゴブリンどもを撃退すると、ようやく学校が見えてくる。だが、気を抜いた矢先に道端の水たまりでノーヴェルは滑ってしまい、尻もちをつく。グラードが小さく笑ったのを目敏く見つけ、ノーヴェルが頬を膨らませたそのとき、クラスメイトらしき女生徒が駆け寄ってきた。 「おや、ノーヴェルさん、その怪我どうしたの?」 「グラードに殴られたの。彼、裏では暴力をふるうのよ」 「あら、最低ね」 「でしょ?」 「別れた方がいいわよ」 「付き合ってないから! あのドワーフはただの同級生だから!」 クラスメイトは笑い混じりのどよめきに包まれ、ノーヴェルはぷいっとそっぽを向いた。こうして、長い通学路を経てたどり着いた新学期の朝は、すでに何やら波乱の様相を呈している。 夜の帳が降りて街灯が瞬く校舎を見下ろす今宵、穏やかな星影が風に揺れてはゆっくりと移ろいゆきます。遠くに見える山々は月光にこつ然と輪郭を浮かべ、その奥から吹き抜ける風に、ノーヴェルとグラードの通学路がそっと思い出されるのです。足跡さえも聞こえない深夜の空気を切り裂きつつ、ふたりの記憶は明日の奇襲を予感させながらも、静やかに眠りへといざなわれていきます。モンスターの残響はかすかに消え、やがて街の闇に溶けるように、星たちはすべてを包み込み、すべてを見つめるのです。そんな夜が、また一日の始まりへ導いていくのでしょう。やがて朝露が落ちるころ、物語は次の章へと続いていくのです。