夢と現実の狭間で

午後の柔らかな日差しが、薄いレースのカーテン越しに部屋の中を静かに満たしていた。 私は頬に手を当てながら、木製の机に肘をついて、広げたノートをぼんやりと眺めている。 ページの隅には、何度も書いては消した文字の跡が残っていて、まるで私の迷いそのものみたいだ。 鉛筆を手に取って、また何か書こうとするけれど、何も浮かばない。 窓から見える景色は静かで穏やかで、近所の公園の木々が風に揺れている。 それなのに、胸の中には波のように押し寄せる焦りと不安。 「結局、どうしたいの？」 誰にも聞こえないような小さな声で、自分に問いかけてみる。 声に出してみれば何か見えてくると思ったけれど、答えはどこにもなかった。 目の前のノートには、「大学進学」「夢」「家族の期待」そんな言葉が書かれている。 白いシャツの袖をまくり上げた腕には、少し冷たい空気が触れているのがわかる。 その感覚が、なぜか現実感を取り戻させるようだった。 今、この瞬間、私は分岐点に立っている。 親は言う。 「大学に行けば、将来が安定する。」 先生は言う。 「学力的には全然問題ないよ。」 でも、心のどこかでそれだけじゃ満たされない自分がいる。 本当は、絵を描くことが好きだ。 子供の頃からずっと、空いた時間があればスケッチブックに向かっていた。 だけど、それを仕事にするなんて無理だ、とも思っている。 深く息をつく。 机の上の鉛筆立てが少し傾いていて、私の不安定な心を映しているかのようだ。 ふと、窓辺の植木鉢に目をやる。 小さな緑の葉っぱが光を受けて輝いている。 「この葉っぱだって、こんなに小さいのに、ちゃんと生きているんだ。」 そんなことを考えながら、少しだけ心が軽くなった気がした。 決めなきゃいけないことがある。 分かっている。 でも、その決断が私の人生をどう変えてしまうのかが怖い。 頭を抱えると、髪が肩にさらりと流れる。 黒い髪は最近伸びてきて、そろそろ切ろうかと思っていた。 でも、その手間さえも今の私には重荷に感じてしまう。 ふいに、スマホの通知音が鳴った。 画面を見ると、友達からのメッセージだった。 「元気？最近どうしてる？」 その何気ない一言に、思わず笑ってしまった。 私のことを気にかけてくれる人がいる。 それだけで、少しだけ救われた気持ちになる。 ノートのページをめくる。 白紙のページが目に飛び込んできて、その白さが未来の可能性を象徴しているようだった。 何か書こう。 たとえそれがすぐに答えにならなくても、動き出さなければ何も始まらない。 ペンを手に取る。 そして、一言だけ書いた。 「私が本当に望むもの。」 その言葉を見つめながら、少しだけ笑った。 これがスタートだ。 たとえ今は何も見えなくても、きっといつか見つかる。 そんな気がした。 カーテンが揺れる音が、静かな部屋に響く。 外を見ると、夕方の光が世界を優しく包み込んでいる。 私は立ち上がり、窓を少し開けた。 冷たい風が頬に触れる。 「進もう。」 小さな声でそう呟くと、心の中の重みが少しだけ軽くなった。 未来はまだ白紙だけど、だからこそ、どんな色にも染められる。 そんな可能性を信じて、私は一歩を踏み出すことにした。 外へ出ると、通りは薄い夕闇に包まれ、街灯が点り始めている。 どこからか夕飯の匂いが漂い、近くの家から子どもたちの笑い声が聞こえた。 ふと、公園の方へ足を向ける。 小さな公園にはベンチがあって、その前には赤や黄色に染まった落ち葉が広がっている。 風が吹くたびに葉っぱがさらさらと音を立て、空気が少し冷たく感じる。 私の好きな場所。 ここに来ると、なんとなく落ち着く。 かばんからスケッチブックを取り出し、鉛筆を走らせる。 目の前にあるものではなく、頭の中に浮かんでいる光景を描いてみた。 それは、青い空に伸びる一本の木。 枝先には、小さな花が一輪咲いている。 描き終わると、少しだけ気持ちが晴れた。 夢と現実の狭間で揺れる気持ちは、まだ完全には消えない。 でも、絵を描いている間だけは、それを忘れられる。 遠くで電車の音が聞こえる。 夜の帳が少しずつ降りてきて、街の光が強まっていく。 帰ろう。 明日、また新しいページを描くために。