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「帽子を被った猫は太平洋を渡るか?」
「だから、私はスイカ畑のお家には帰らないって言ってるでしょ!」 テーブルに片肘をついたまま、エルフの女戦士・カティアは不機嫌そうに言った。 「そんなこと言って、今度はどこへ行く気だ? 太平洋を泳いで渡るのか?」 目の前で鍋の蓋を磨いているのは、相棒のドワーフ、バルドだ。彼の突っ込みには慣れているが、カティアは聞こえないフリをして話を続けた。 「母さんが変なことを言うのよ。『帽子を被った猫さんを見たかい?』だなんてさ。そんな猫、どこにいると思う?」 「…まさか、それを探しに行くとか言わないよな?」 バルドは溜息をつきながら鍋の蓋をテーブルに置いた。 「正解!」 カティアは立ち上がり、勝ち誇ったように胸を張った。 「冗談、顔だけにしろよ。お前、スイカ畑を守るどころか猫探しに出るってか?」 「だってさ、帽子を被った猫なんて絶対かわいいじゃない?猫と冒険するのは人生そのものだよ。恋と一緒だな。」 「おいおい…人生が恋と一緒って、お前の頭の中どうなってるんだ?」 バルドは思わず頭を抱えた。 そのまま二人は旅の準備を始めたが、途中で現れたのは村の老エルフ、ロドリゴだった。 「カティア、どこへ行くんだ?お前、また母親を放って行くのか?」 「ロドリゴじいさん、帽子を被った猫を見たことある?」 カティアは真剣な目で質問を返した。 「帽子を被った猫…?」ロドリゴは困惑した表情を浮かべながらも答えた。「そんなもの、昔の歌の中くらいでしか聞いたことはないな。」 「ほらね、やっぱり伝説の存在なんだよ!」 カティアは勢いよく手を叩いた。 「いや、普通に考えろよ。幻覚を見てるだけかもしれないんだぞ?」 バルドはさらに鋭い突っ込みを入れるが、カティアは聞き流す。 潮風がそよぐ夜の太平洋。その静寂を破る波音が、旅人たちの歩みを柔らかく包み込む。星々は煌めき、雲は緩やかな絹糸のごとく空に広がる。 エルフのカティアは浜辺に立ち、遠くを見つめていた。その瞳には何かを見出そうとする光が宿るが、それが真実なのか、夢想なのかは誰にも分からない。 彼女の隣では、ぶつぶつ文句を言いながらも付き添うドワーフのバルド。背後には小さな村と、静かに光るスイカ畑が広がる。 夜空の広大さは、彼女たちの旅路の果てしなさを物語る。帽子を被った猫を探すその想いは、夢でありながら現実でもある。まるで、波の音に溶け込む星々の光のように。 「行こうか、バルド。」 「お前、本当にどこまで行くつもりだ?」 風は静かに、答えを運んではくれなかった。