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おつかれ生ビール! エルフの制服ラプソディ
青い空と白い雲が広がる放課後、エルフ族の少女・リリベルは学校の門をくぐると、躊躇なく近くのビアガーデンへ足を運んだ。真新しい制服のプリーツスカートをひるがえしながら、鼻歌交じりで席に滑り込む。背には軽装の剣を背負っているのが特徴的だ。戦士であるにもかかわらず、彼女の楽しみといえばなぜか冷えたビール。体のどこに入るのかと周囲の者が不思議がるほど、彼女はごくごくとジョッキを空けるのだった。 その日もリリベルは店員に「いつもの」合図を送る。見慣れた店員が苦笑しながら特大のジョッキを用意する。彼女の隣にはいつの間にかドワーフの友人・ガムルがちょこんと座っていた。小柄な体躯に頑丈な肩幅、鼻先が少し赤くなっているのは飲み始めている証拠である。 「いやー、この一杯のために生きてるよな」とリリベルが頬をゆるめ、まずは一口大胆に飲み下す。 「酒が飲めない人は人生の半分を損している、なんてよく言うしね」ガムルはまるで諺でも言うかのように言葉を続けた。 「そんなわけないじゃない」リリベルはずずいと身体を乗り出してジョッキを掲げる。 「いや、例えだよ」 リリベルはジョッキを置いて、テーブルをとんとんと指で叩くと、少し得意げに言い放つ。 「酒が飲めない人は人生のすべてを損しているわよ!」 「そっちか」とガムルが肩をすくめる。 その無茶苦茶な主張に、周囲の客や店員もどっと笑い声を上げる。ガムルは呆れ顔ながらもリリベルの無邪気な笑顔を見ると、結局は目を細めてしまう。 ところが、その時。入り口のドアが並々ならぬ迫力で開く。見ると、むすっとした表情の男性教師が現れた。眼光鋭く黒い髪をオールバックにした彼、リリベルたちの学校で生徒指導を担当しているネイン先生である。 「その制服は……うちの生徒だな」とネイン先生は見慣れた制服に目をとめ、鋭く指をさした。 「やべえ」とリリベルは口をつぐむ。 「君たち、なにしてるの」と先生が問い詰める視線を向ける。 するとガムルは間髪入れずに、 「い、一緒に宿題してました!」とあたふた言い訳を叫ぶ。 「嘘だ! 先生も一緒に飲みたい!」ネイン先生は突然拳を握り、目を輝かせた。 「まじかよ」とリリベルが驚きを示す。 ガムルは少々酔いの回った顔でうんうんうなずき、 「駆けつけ三杯な」と笑ってジョッキを並べる。 苦笑するリリベルを横目に、ネイン先生はすっかり嬉しそうに腰を下ろした。 「いや、冗談、顔だけにしろよ」とガムルがからかい半分に言う。 「もう、細かいことはいいって。制服姿でビール。これが私のポリシーなんだから」とリリベルはジョッキを高々と掲げる。 そして「かんぱーい!」と三人のジョッキが軽くぶつかった瞬間、店内に陽気な笑い声が弾ける。 宴がひと段落して、店内の客がまばらになり始めると、ネイン先生がぽつりと口を開く。 「ふう、仕事の愚痴なんて生徒に言うもんじゃないんだが……やっぱりこういう時間も必要だなあ」 「ま、飲めればなんでもいいよな」とガムルが相槌を打つ。 「先生、そんなに疲れてるなら、もっと飲む?」リリベルは自分勝手にジョッキを押し出す。 「いや、ほどほどにしとくよ。明日も授業があるし。……とはいえ、おかわり!」 笑うしかないガムルとリリベル。根拠のない勢いで日をまたいでも飲み続けるかに見えたが、さすがに教師として翌日の支障をきたすのは避けたいらしい。 そして気がつけば、すっかり夜も更け始めていた。制服を着たエルフと、非常識なドワーフ、そして教育者のはずの教師が同じテーブルを囲みひとしきり盛り上がるのは、まさにこの世界だからこそ成立する光景である。ふと閉店の音楽が鳴り始め、三人は小さく頷き合い、最後の一杯をぐいっと飲み干した。 「さて、宿題も終わったことだし帰るかな!」とリリベルが大きく背伸びして立ち上がる。 「結局、宿題してないけどな」とガムルが突っ込むが、彼女にはまったく届いていないようである。 満天の星が瞬く夜空に、雲の切れ間から淡い光が差し込みます。月の青白い輝きが三人のシルエットを静かに照らし、遠くでは猫の鳴き声がかすかに響いております。剣を背負ったままのエルフが制服をひらりと揺らし、ドワーフは小さな足取りで地面を確かめながら進みます。教師はその後ろ姿を見守るようにつかず離れず。そして彼らを包み込む風はいつもより柔らかく、まるで酔い知らずの微笑みを運んでいるかのように感じられます。混じりけのない夜の静寂の中、三人の足音はどこまでも続いていきます。彼らの笑顔とジョッキの余韻は、ゆったりと流れる時の川に溶け込んで、また新しい物語の始まりを告げているのです。