涙の向こうにある光
どこまでも青い空だった。 けれど、その青は私の瞳には映らない。 涙が視界をぼやかし、世界の輪郭を溶かしていく。 鏡に映る自分の顔は頼りなく、どこか壊れそうだった。 灰色に近い銀色の髪は肩にふわりとかかり、自然に流れる形。 普段はお気に入りのこの髪も、今日ばかりは色褪せて見えた。 白いシャツは涙を吸い取り、濡れた布が冷たく肌に張り付く。 その感触が、胸の奥に広がる空虚感をさらに際立たせるようだった。 窓から柔らかく差し込む陽射しは、優しいはずなのにどこか残酷だった。 まるで「隠れないで、もっとその悲しみを見せろ」とでも言うように。 私はそっと頬を伝う涙を指で拭った。冷たい感触が、これが現実だと告げる。 「どうして、こんなに簡単にいなくなっちゃうの?」 掠れた声が部屋の中に溶ける。 その音すら自分のものではないような気がした。 *** ひかり――。 彼女の名前を呼ぶたび、胸が締め付けられる。 ひかりは、私の妹のような存在だった。 私の家に居候するようになったのは2年前の春。 親の事情で一人ぼっちになり、居場所をなくした彼女を、私は何の迷いもなく受け入れた。 「大丈夫、ここにいていいよ」そう言ったとき、彼女は小さく笑って「ありがとう」と呟いた。 それからの毎日は、私の世界を明るくしてくれた。 ひかりはどんなときも笑顔で、手際よく家事をこなすしっかり者だった。 それでいて、疲れると私に甘えてくる無邪気さもあった。 でも、ひかりは笑顔の裏に、深い悲しみを抱えていた。 夜になると一人で窓辺に座り、じっと外を見つめる彼女の後ろ姿を何度も見た。 「ひかり、大丈夫?」と声をかけても、彼女は「うん、平気だよ」と微笑むだけだった。 その微笑みが、どこか儚く見えたのは気のせいではなかったのかもしれない。 *** 昨日のことは、まだはっきりと思い出せる。 突然の電話だった。 ひかりが事故に巻き込まれたと聞いたとき、 全身の血が凍りつくような感覚に襲われた。 病院に駆けつけた私は、そこで彼女の最期を見届けた。 彼女はベッドの上で小さな声で「ごめんね」と言い、 私の手を握りながら力尽きていった。 「私がもっと早く気づいていれば……」 自分を責める思いが、涙となって溢れ出してくる。 部屋に残された彼女の気配、 黄色いクッションや窓辺に積まれた本の山が、 いなくなった事実を否応なく突きつけてくる。 *** 涙は止まらない。 何度拭っても、また溢れてくる。 その涙の中で、ふと彼女の最後の言葉が蘇った。 「未来に期待して。あなたならできるから。」 ひかりは、いつも私の背中を押してくれた。 私が不安や迷いに押し潰されそうなとき、 彼女は優しい声で「大丈夫だよ」と言ってくれた。 彼女が最後に残した言葉は、 私に託した願いなのだと気づいた。 *** 窓から差し込む光が、少しだけ温かく感じられる。 涙でぼやけていた視界が、少しずつクリアになっていく。 ひかりは確かにいなくなった。 けれど、彼女の笑顔や言葉、 そして一緒に過ごした日々は、私の中に確かに生きている。 「ありがとう、ひかり。」 その言葉を口にした瞬間、 胸の奥にあった重い痛みが少しだけ和らぐのを感じた。 涙の向こうに見える景色が、少しだけ明るくなったような気がした。 どこまでも青い空が、今度は私の瞳にも映っている。 その青さに、希望の光が差し込むように感じながら。 これからも、彼女と一緒に歩いていこう。 私の心の中で、ずっと見守ってくれる彼女と共に。