未来へ
時折、僕は幼い頃の姉の写真を見る。 別に何の記念でもないのに撮った、平和な日々のひとコマ。 僕は、あの頃に戻りたいのだろうか? 今、姉と暮らしているしあわせな日々の中にも、忘れていた痛みが顔をのぞかせる時がある。そんな時、僕は姉に悲劇を浴びせたこの運命を呪わずにはいられなくなる。 ただ、その悲劇があったからこそ今のしあわせがある。 普通の姉弟として育ったら、きっと姉も僕も別の人を好きになって、別の人と結ばれて、普通のしあわせを手に入れていたかもしれない。 普通のしあわせを。 姉はどう思っているのだろう。 あの凄惨な日々を記憶から消すことは決してできないはず。それでも、僕の前では一切そのことをおくびにも出さない。 僕の知らないところで静かに泣いているのだろうか。 記憶を必死に閉じ込めようとして震えているのだろうか。 「なーに見てんの?」 背後から姉の声がして、僕は思わず声を上げてしまった。 「あー! 懐かしい。これ私が9歳の時だ!」 「よく覚えてるね」 「そりゃあ、そうだよ。だって」 「ごめん」 僕は慌てて遮るように謝った。すると、姉は僕を抱きしめた。写真が手からこぼれ、ひらりと床に滑り落ちる。 「ね、何度も言ってると思うけど」 「うん」 「私は、今すっっっごくしあわせなの。確かに過去にいろんなことがあったし、それを忘れるなんてできない。でも、そのお陰で今はこうやって最愛の人と一緒に暮らせてる」 僕はすべてを見透かされているように感じた。思えば、姉と暮らすようになってからずっとそうだった。姉は僕の不安を見つけては、一つずつ丁寧に取り除いてくれる。僕は姉が言い終わるのを待たずに、姉を抱きしめ返した。 「私は大丈夫だから。そんな顔をしないで?」 僕たちは、あの日をやり直しているんだ。 17年の空白を、お互いの愛情で満たして。 つらい記憶もさびしい想いもすべて、僕たちの愛を注ぐための器で。 姉の手が僕の涙を拭う。 そして、僕たちは唇を重ねあう。 あの日の笑顔が今、目の前にある。