姉がいる日常
「これじゃまるで私が妹だね」 姉の屈託のない笑顔に、こちらも自然と笑みが漏れる。僕が用意した朝食をふたりで囲み、他愛もない会話を交わす。こんなどこにでもあるような日常に至るまでに、本当に長い時間がかかった。 姉を救出してから2年。姉が普通の人間として生きていけるようになるまでに、それほどの時間を要した。姉は当初まともに歩けず、言葉を発するのにも苦労し、肌に擦れるのを嫌がって衣類を身に着けたがらなかった。それほどまでに【購入】の傷跡は深かったのだ。 でも、今はもう姉はこの世界を生きていく上で必要なものを取り戻した。だから……。 「姉さん」 「ふたりの時は『おねえちゃん』って呼んでってば」 「姉さんは今後どうしたい?」 「今後って?」 食べかけの朝食に視線を落とす。 「僕らももういい歳だ。本来ならお互い結婚して子供がいてもおかしくない。こうやってふたりで暮らし続けるのって……」 「嫌じゃないよ」 姉は笑顔を浮かべたまま、まっすぐ僕を見つめている。 「だって、大切な弟と一緒に暮らせるんだもん」 僕も姉を大切に思っている。だが、それは姉弟としての感情であり……そのはずであり……。 「……私と暮らすの、嫌なの?」 「僕だって嫌なわけじゃ……」 「私はね、一緒にいられるだけで幸せだよ」 そう言ってくれるのは本当に嬉しい。ただ、どうしてもこのままでいいのかという疑問は消せないでいる。姉には姉の人生がある。その多くを奪われたとしても、今から歩み直せる。僕がいなくても……。 「僕たちは姉弟だ」 「うん」 「だから……」 「でもね、私たちは普通の姉弟じゃないよ」 それはその通りだ。幼い頃に引き離され、お互いに再会を夢見続けてきた。だからなのだろうか、僕はいつの間にか姉のことを一人の女性として見てしまっている。姉はどうなのだろう? 「普通の姉弟がどういうものかわからないけど、私は弟に恋してる。たぶんこれって普通じゃないんだろうね」 ずっと、その言葉が聞きたかった。姉の口から、僕が姉を一人の女性として愛してもいいと、確信できる言葉が。 「おねえちゃん……僕も、あなたが好きです」 抑えきれない気持ちに押し出されるように、言葉が出てくる。 「へへ……やっぱり?」 「やっぱり?」 「だって、私でさえこんなに弟を好きになっちゃうんだもん」 「……どういう理屈なの?」 「はいはい、そういう面倒なことはいいから」 姉は僕の口にキスをした。それ以上の言葉は要らなかった。